前回は、PostScript 定着後の Adobe, Apple, Microsoft 3社の三つ巴の覇権争いをドキュメントタッチでお話ししました。
今回は、結論部分、和文フォーマットにさまざまな影響を与えた PostScript の役割と、文字数が尋常ではない日本語のデジタル化が、いかに困難を極めたかを追っていきます。
4. 立ちはだかる障壁:尋常ではない日本語文字種の多さ
1987年、Adobe はモリサワと契約をかわし、1989年には日本語 PostScript プリンタに「リュウミンL-KL」と「中ゴシックBBB」の2書体を搭載して発売します。これを契機に他の写植機メーカーも追随し、1990年の終わりころには DTP の環境が日本にも根付き始めます。
しかし、日本語フォントの最大の問題、「尋常ではない文字数の多さ」が、フォントフォーマットを複雑化していきます。
ここからは、日本独特(正確には CJK:Chinese, Japanese, Korean の漢字圏3か国語)のフォントフォーマットの流れを追っていきましょう。
この時点で、フォントフォーマットの流れは二つに分かれていましたね。すなわち PostScript Type1 と TrueType です。ひとまず、PostScript Type1 の流れから追っていきましょう。
●「間に合わせフォーマット」OCF の誕生、不安を抱えての船出
日本語フォントの実質的な始まりは、前述のとおり1989年です。Adobe は以前から交流のあったモリサワに PostScript Type1 のライセンスを供与し、日本語フォントの制作を始めます。
しかし、PostScript Type1 は、欧文フォントを対象につくられた技術で、256文字(1バイト)しか収録できません。日本語は比較的よく使う常用漢字だけでも2,136文字(平成22年〈2010年〉内閣告示第2号告示)、一通り(第一・第二水準)揃えようとすると約6,500文字にもなります。
そこで、Adobe は、Type0 というフォントの仕組みを用いていきます。Type0 は複合(Composit)フォントと呼ばれるフォーマットで、256文字収納の Type1 の「ユニット」を複数組み合わせて1つのフォントを構成します。これを OCF(Original Conposite Format fonts)といいます。いかにも急造のフォントという感じですね。「とりあえず」感が否めません。でも、尋常ではない文字数の日本語を PostScript でフォントにするには、当時、これしか方法がなかったのです。
このフォーマットで日本初の PostScript フォント2書体が誕生します。それが前述の「リュウミンL-KL」と「中ゴシックBBB」だったわけです。
OCF フォーマットは、構造が複雑で重いことや、PDF に使えないことなど、数多くの問題点がありました。そこで、後継フォーマットとして登場してくるのが、CID-Keyed フォント、通称 CID フォントです。1993年のことでした。OCF の誕生から実に4年もの歳月が必要だったのです。
●「OCF 後継フォーマット」CID は画期的なものだった
OCF フォントが1バイトの Type1 を無理やり集合させ擬似的に2バイト(256の2乗:65,536文字)にしていたのに対し、CID フォントは最初から2バイトで設計されています。これで、ほぼすべての漢字を収録できるようになる、画期的なフォーマットでした。ただ、この時点では約60,000字収録というのは理論の段階で、実際に60,000字収録が可能になるには OpenType の出現を待つことになります。
それでも、この CID は、のちに OpenType が出現するまで、日本語フォントのスタンダードの地位を確立していきます。
CID フォントの特長を挙げておきましょう。
- 文字セットと各文字に振られた番号(CID)を紐付けする CMap というシンプルな構造になった
- CMap が確立したことにより、異なるエンコードにも対応できるようになった
- フォント固有の「詰め情報」を搭載できるようになった
- アウトライン処理ができるようになった
- PDF に埋め込みが可能になった(1999年以降)
CID フォントの特長
なお、CMap の技術は、のちの OpenType(OpenType フォントでは cmap)に引き継がれていきます。
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さて、次は OpenType の番ですが、その前にもう一つの流れ、TrueType を紹介しなければなりません。
●Apple と Microsoft の思惑が複雑に交錯した TrueType
Adobe に対抗して、Apple と Microsoft がタッグを組んだ経緯と、その関係が急速に冷え込んでいったことは、先に述べました。Apple にしても、Microsoft にしても、Adobe 包囲網という利害関係が一致したために協力関係を結んだだけで、心から信頼関係を築いたわけではありませんでした。水面下では依然、激しい TrueType の覇権争いを繰り広げていたのです。
1991年、Microsoft は Windows3.0 を開発し、WIFE フォントという独自の日本語フォントの管理機構をつくります。それに対応してラスタライザをプリンタメーカーが応えて製作しますが、本格的に市場に根づくことはありませんでした。
1992年、Apple は System7(System7.6 バージョンから「Mac OS 7.6」と、現在の呼び名に変更)を登場させます。
Apple は、この OS に新しい解釈の「TrueType」を搭載します。この「TrueType」はフォントラスタライザの機能を備えており、画面表示とプリントアウト双方ができる画期的なものでした。その中心をなしたのが TrueType GX と呼ばれるものです。つまりプリンタフォントや ATM が要らなくなるのです。Apple 単独で PostScript の追撃態勢が整ったことになります。
当時、高額な PostScript フォントや ATM の存在にに悩んでいたユーザーたちは、プリンタに対するフォントの負担が軽減されることに大いに歓喜しました。System7 の登場は、結果的にプリンタ自体の低価格化に大きく貢献していきます。現在、私たちが使用している価格の安いインクジェットプリンタは System7 の技術を反映した「クイックドロープリンタ」なのです。
さて、一方の Microsoft は1993年、Windows3.1 で、フォントラスタライザの「TrueType」を「サポート」することを発表します。そう、つまり、Microsoft は Apple から「TrueType」のライセンスを取得し、OS に組み込んだのでした。
これで、事実上 Apple と Microsoft はフォントフォーマットの上では、TrueType で統合されたことになります。
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この3年あまりの期間に、日本のフォント事情は劇的に変化していきます。Apple と Microsoft 双方の奮闘で、日本語フォントの数は50書体以上に激増していきます。さらに、それまで皆無だったフォントの製作・販売を専門に手がける会社(フォントベンダ)が続々と誕生していきます(私は遅ればせながら1999年に参入)。この2社が日本の DTP 発展に果たした役割は限りなく大きいのです。
●Adobe, Apple, Microsoft の統合がもたらした奇跡のフォーマット OpenType
最後は、OpenType の登場です。
OpenType は、Microsoft が基礎的な部分を1995年、TrueType Openとして開発します。これに Adobe が1996年に開発に協力、1997年に共同で発表したものです。
表面上では2社の共同開発ですが、事実上、Mac と Windows のクロスプラットフォーム(仕様の異なるハードや OS 上で、同一仕様のものを稼働させること)を目指したことから、お互い相容れなかった主要3社が同じ目的に向かって協力した、極めて稀なケースといえるかも知れません。
OpenType は、数々の特長を備えています。当然、CID や TrueType の優れた点は引き継いでいます。
- 対応したアプリケーション(たとえば Adobe Illustrator など)であれば、Mac、Windows の両プラットフォームで同一の表示が可能になった
- 最大65,536文字までの登録が可能になった
- ダイナミックダウンロード(フォントのアウトラインデータを送信して出力を行う形式)への対応でプリンタフォントの必要がなくなった
- 出力時の解像度制限がなくなった
- TrueType フォントと同じく、1フォント=1ファイルの単純構造のため、データが軽く扱いやすくなった
- 文字コードに Mac、Windows 共通の unicode(ユニコード:符号化文字集合や文字符号化方式などを定めた、文字コードの業界規格)を採用したことで、文字化けが解消した
- 異体字(有名なところでは「髙」。「はしごだか」と呼ばれる)変換が可能になった
- 専門性の高い数学の数式などが入力できるようになった
- リガチャ(合字)やペアカーニング(特定の文字同士が隣り合わせになったとき、特例の文字送りになること)が使えるようになった
OpenType フォントの特長
など、本当に充実したつくりになっています。
なお、OpenType は、PostScript ベースと TrueType ベースにわかれます。これは TrueType フォーマットがベースになって PostScript をサポートしたという経緯からですが、クロスフォーマットの思想に貫かれているので、使用上の齟齬はありません。ちなみに PostScript ベースのフォントの拡張子は .otf、TrueType ベースのフォントの拡張子は .ttf になります。欧文フォントの大多数はこの .ttf フォーマットです。
現在(2017年現在)では、OCF は歴史的使命を終え、CID も OpenType の台頭で、その使命を終えようとしています。ほとんどのフォントベンダは、この2つのフォーマットのサポートを終了しています(私のところは、2013年8月で CID の販売・サポートを終了)。
TrueType は Windows 関連アプリケーションで標準搭載されるなど、依然根強い人気があり、こちらは今のところサポートを終えるベンダは存在しません。TrueType と OpenType はそれぞれの特長を生かしながら、共存していくのではないでしょうか。
おわりに
フォントフォーマットは、正直いって難解です。このブログで取り上げた4つのフォーマットは代表的なもので、それぞれから派生したものを加えると、かなりの数になります。なぜこんなにも多くのフォーマットが存在するのか、この疑問を解決するには、必要最低限の歴史を押さえなければならないと考えました。回りくどいとご批判を受けるかも知れませんが、私はこれが最良の方法だと信じています。
心がけたことは、専門用語を極力使わないこと。使った場合は必ず解説を加えること。読者の、点だった理解を線に、線を面の理解にしていただくことです。流れが滞ることがないよう整合性に気をつけて書き進めたつもりですが、「面」になったでしょうか?
このブログ記事は、1984年の PostScript の誕生から、OpenType の登場する現在までの約30年間のできごとを、本当に「表層部分」なぞったに過ぎません。また、複数のことを一つにまとめてしまった記述もあります。そして、この中では、「アプリケーション」については一切触れていません。ここを説明すると、話が複雑になりすぎるからです。
私は、歴史家でも評論家でもないし、コンピュータ言語を駆使するプログラマでもありません。ですので、解釈の違いや勘違いもあるかも知れません。ご容赦ください。間違いがありましたら、遠慮なくご指摘ください。より正確なブログつくりにご協力いただければ幸いです。
最後に、多数のサイト・文献を参考にさせていただきました。かなりの数になったのは、大変失礼ないいかたですが、記述に矛盾がないかを比較して確認するためです。ここにすべて表示し、感謝の意を表します。ありがとうございました。
フォント千夜一夜物語(アーカイブページ:索引ページ)
(JAGAT)
DTPの過去・現在・未来(アーカイブページ:最終回〈文末に索引〉)(JAGAT)
プリンタの言語と技術(Red Hat Enterprise Linux 4 システム管理入門ガイド)
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