私のデザイン変遷史 第18回 総合書体「和音」への挑戦

MOJI ESSAY

私のデザイン変遷史 第18回 総合書体「和音」への挑戦

私のデザイン変遷史第18回(最終回)

かな書体から総合書体へシフト

勢蓮明朝のあと、勢蓮呉竹、松葉、奔行と続けてかな書体を作り続けてきていた。2年目には勢蓮万葉という変体かなを320字ほど作った。これを年鑑2002に出品したのだが、落選している。自信作だったが、汎用性がないと判断されたのだと思う。なお、勢蓮呉竹は出品していない。

変体かなは「奔行」に異体字として組み込んだ。当初、勢蓮明朝に組み込む予定でデザインしたため、起筆・収筆が明朝風になっている。しかし、形状そのものは、明朝より行書のほうに圧倒的に近い。そこで「奔行かな」とコラボレーションした。思ったほど違和感がなく、お客さまにも受け入れられている。

かな書体ばかり作っていると、無性に漢字を含んだ総合書体を作りたくなった。リスクが半端ではないことを百も承知だったが、始めてしまった。「和音」という書体である。この顛末は、「Moji Essay:文字で音楽を表現する」に詳しく書いている。よろしかったらご一読いただけると幸いである。

 
また、「和音」の制作過程を織り込んだ「和文のデザイン・ゴシック編(仮題)」を執筆中である。頼れる人が誰もいない、教えてくれる人もいない、ノウハウもない、はじめてづくしの孤独な作業であった。当然、失敗は数知れない。そんなドタバタ劇になる予定である。もちろん他社書体を徹底的に分析し、でた結論を活かし制作過程で編み出したノウハウもちりばめる。本格的にフォントデザインを志す人には、多少なりとも役に立つはずである。

 
フォント業界に参入して、早20年になろうとしている。齢もいつの間にか67(2019現在)にもなってしまった。とはいっても実質の活動は最初の5〜6年で、「和音」以後は、新作フォントを作っていない。

フォントは、コンセプトを決め、全体のフォルムや各ユニットの設計をするまではデザインの要素が必要だが、それが決まってしまうとあとはひたすら組み合わせの作業となる。

文字は少しでもバランスが崩れるとおかしなものになる。単純に「偏(へん)」や「旁(つくり)」を組み合わせればよいわけではない。微調整は欠かせない。だからデザインの要素はたしかにあるのだが、膨大な数の文字をひとつずつ作り上げる作業はどちらかというと「修行僧」に似ている。つまり「難行・苦行」なのである。

私がこの業界に参入した2000年(平成12)はフォントデザイナーにとってまだ「冬の時代」といってよかった。つくった書体が売れる保証などどこにもなかった。食えなければ文字通り絵に描いた餅なのである。この強烈なプレッシャーとも戦わなければならなかった。

「和音」9ウェイト135,000字(1ウェイト15,000字:Adobe-Japan1-4に近い水準)を2年8か月かかって完成させた時点で、私は完全に「燃え尽き症候群」におちいっていた。達成感とはほど遠く、ようやく終わったかという気持ちのほうが強かった。加えて、グラフィックの腕がひどく落ちていること、書く文字が信じられないくらいヘタになっていることに愕然とした。

私は、“リハビリ(?)”の意味もあり、グラフィックデザインに再び重心を移したのである。

現在はフォントの黎明期(?)

ここ数年の傾向であるが、メディアでフォントがクローズアップされることが増えてきた。長年にわたる文化の担い手にもかかわらず、日陰の存在であった書体デザイナーも日の目を見るようになった。

フォントが簡単に作れるエディターも、優れたものが多数登場するようになった。美術大学でもフォントの授業が増えてきているようだ。とても良い傾向だと思う。

現在、日本でもフォントの数は大変な数に昇る。字数が大幅に少ない欧文フォントに追いつくことはありえないが、それでもこの数は奇跡としか思えない。デジタルフォントだから成しえたことである。

かつてのモリサワとアドビの英断から始まったデジタルフォントへの流れは、黎明期を向かえているのかも知れない。私も再び沈黙を破るかも知れない。やっぱり、明朝体をつくりたいなぁ。

むすび

「私のデザイン変遷史」と題したこの稿、私の半生のほんの表面をなでただけだが、それでも文字数にして原稿用紙100枚分を超えるほどにもなってしまった。書いていくうちに忘れていたことを思い出したり、自分の心の動きを再確認したり、とても有意義な時間だった。

冒頭にも書いたが、資料がほとんど残っていないのが本当に悔やまれる。なので、なるべく文章で最大限伝わるよう言葉を選び、気を配ったつもりだが、果たして伝わっただろうかと、とても心配である。

この回顧録が、読者のかたがたの役に立つ文章だとはとても思えないが、先人たちはこんな苦労をしてデザインをしてきたんだ、ということを知っておくのは決して無駄ではないと思う。

本文でも書いてきたが、印刷物を制作する場合(印刷工程を除く)、活版時代、写植時代は、すべて分業でなりたっていた。活版は、活字を拾う人(文選)、活字を組版する人(植字)。写植は、写植を打つ人(写植)、デザイン・版下を描く人(デザイン・版下)、版下を凸版、あるいはフィルムにする人(製版)という具合にである。

私は、幸か不幸か、「製版」を除くすべてを経験したが、おおかたは、個別に経験してきたはずである。この工程の中でとりわけ重要だったのは、「植字」と「写植」であった。いずれも「組版工程」である。文字組みのノウハウは活版時代にある程度確立しているが、それを伝えられる技術者は確実に少なくなっていった。

時代が進み、工程が便利になっていくと、過去は切り捨てられていく。技術者の貴重な遺産ともいうべき技術と共に…。種字彫刻師がまさにそうであった。しかし、「組版」は遺産ではない。時代の変遷にかかわりなく受け継がれていくべき必須のノウハウなのである。

写植時代になると、写植オペレーターが活版時代の「文選」「植字」を一人でこなすようになった。組版のノウハウを習っていればいいが、活版を経験せずに、いきなり写植をはじめたひとたちにとっては、「組版」という概念すら持ち合わせていなかった。

このような、組版の「素人」にあたると、「デザイン・版下」を担当するデザイナーたちは一様に苦しんだ。いかに優れたデザインの技量があっても、その仕事の価値はタイポグラフィによって70~80%は決まってしまう。デザイナーにとって、腕のよいオペレーターにあたることは、何よりも重要であり幸運なことであった。

そして、DTP時代に入ると、「写植」「デザイン・版下」そして「製版」工程までをも一人が行うようになった。できることが飛躍的に多くなったからである。だから便利になるに従い「一人」の担う責任はどんどん重くなっていく。「デザイナーはオールマイティでなければならない」という、私が若いころから悩んだ思い込みは、もはや思い込みでは済まなくなくなっている。本当にオールマイティさが要求される世の中になってしまった。

だが、便利になったからといって、それに伴って総合的に技量があがったかというとそうではない。肝である「組版」の正確なノウハウを知る者はほとんと皆無という危機的状況になるのである。

モリサワ サイト:文字を組む方法

組版に首をかしげたくなるような印刷物が多く見られるようになった。いかにきれいな一流の写真家が撮った写真を使おうが、すばらしいイラストを配置しようが、タイポグラフィがダメな作品は二流、三流に堕ちていく。それほど「組版」の良し悪しは、それこそ良きにつけ悪しきにつけ恐ろしい結果を生むのである。

 
何だか、「むすび」にきて説教じみてしまった。

私が、このブログの別稿でタイポグラフィのノウハウ「デザインが100%うまくなるタイポグラフィ7つのルール」を書こうと思い立ったのは、この状況をなんとかしなければという使命感にも似た気持ちからであった。したがって、かなりの長編になっている。ご一読いただければ幸いである。

 
長文にもかかわらず、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
表現が冗長になるので、あえて「です・ます調」を避けました。けっして上から目線ではありません。ぶっきらぼうだなと思われたかた、そういうことですのでどうかご容赦ください。
いくつかの回で、批判めいたことを書きましたが、貶めるつもりの批判ではなく、文字に執着するあまりの愛情の裏返しであることをご理解ください。
一部、文章の流れから人名の敬称を略させていただきました。関係者のかたには非礼をお詫びいたします。

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2020.2.1『ユリイカ』で私のオリジナルフォント「和音」を使用していただきました

月刊誌『ユリイカ』2020年2月号 (青土社)「書体の世界」特集の表紙タイトル「書体の世界」に、当社フォント「和音」を使用していただきました。ほかにも、目次・扉の「書体の世界」、2か所の中扉「書体談話」「文字のないタイポグラフィに向かって」にも使用されています。
装丁デザインは、著名な書容設計家、エディトリアル・グラフィックデザイナーの羽良多平吉さんによるものです。



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