前回は、PostScript が業界に与えた影響と、PostScript を中心に動き始めるまでをお話ししました。
今回は、PostScript を引っさげて攻勢に出る Adobe と、必死に抵抗を試みる Apple と Microsoft の戦いを追っていきます。
3. PostScript 以後:Adobe, Apple, Microsoft 三つ巴の覇権争い
PostScript Type1 の普及条件としては、❶フォント制作者が提供する「フォントファイル」、❷それを使用する「アプリケーション」、❸フォントファイルからアウトラインを取り出して文字を可視化する「ラスタライザ(*RIP)」の3つの要素が必要となります。この要素はそのまま DTP を普及させるキーワードでもあります。
ここでは、とりあえず「アプリケーション」の説明は省きます。
アウトラインフォントをビットマップ(ドット)データに変換(ラスタライズ)して、モニターに表示したり、印刷を可能にする装置。これがないと可視化することはできない。
●DTP を自在に操った Adobe、果敢に挑んだ Apple, Microsoft の構図
1988年ころになると、主要なプリンタメーカーはすでに、PostScript を搭載した PostScript プリンタに照準を合わせ、販売するようになっていきます。それに呼応するように Adobe は、ほぼ独占的に PostScript Type1 を販売するようになっていました。DTP の流れを完全に掌中に収めたのです。
そして、PostScript の仕様はオープンにしていながら、PostScript Type1 の仕様はクローズドにして、他社には、ライセンスを得なければ PostScript Type1 をつくらせないという姿勢をとっていきます。実に巧妙な戦略だったわけです。
このライセンスは恐ろしく高額で、他社には手の届かないものでした。フォントファイルは持っていても、それを PostScript Type1 につくり上げることは不可能だったのです。Adobe は、フォントの制作・販売を事実上独占したわけです。もう、やりたい放題だったんですね。
Adobe の強硬ともいえる施策に、Apple や Microsoft は危機感を募らせていきます。このままでは、すべてを Adobe に牛耳られてしまう、と…。
1988年、Apple は PostScript に依存しないアウトラインフォント、TrueType を開発、一方、Microsoft は1989年、TrueImage という PostScript と互換性のある RIP を開発します。
この TrueType と TrueImage をクロスライセンスという形で、Apple と Microsoft がタッグを組みます。そしてさらにオープンライセンスにして、Adobe の独壇場を切り崩しにかかったのです。いわゆる「フォント戦争」に突入します。
あわてた Adobe は、PostScript Type1 の仕様を公開し、さらに、TrueType の発売の機先を制するように、Mac や Windows でも表示できる ATM(Adobe Type Manager:PostScript Type1 のラスタライザ)を発売します。これはPostScript がなくても PostScript Type1 を可視化し、非 PostScript プリンタ(ビットマッププリンタ)でプリントアウトできるものです。Adobe 側が大幅に譲歩し、Apple と Microsoft を牽制していきます。
しかし、OS に無料で TrueType を提供することをすでに決定していた Apple、Microsoft 側は、痛くもかゆくもありませんでした。何せ、ATM は有料、TrueType は無料だったわけですから。
ただ、品質という点では、明らかに TrueType は PostScript Type1 に比べて劣っていました。この劣勢はしばらく続くことになります。
●Apple と Microsoft の宿命的な対決、漁夫の利の Adobe
ところが、1991年に入ると、Apple と Microsoft の関係は冷えていきます。Apple がラスタライズ機能を備えたTrueType を開発したこと、それに伴い Microsoft が TrueImage の将来性を不安視し開発から撤退したためです。OS への TrueType の無料提供も潰えてしまいます。
結局、ATM はその利便性から爆発的に売れ、Adobe は再び勢いを取り戻します。欧文フォントはほとんどが PostScript Type1 になっていきました。
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そして、三者三様の、覇権への思惑が交錯した混乱は依然として続いていきます。
ここまでが、主戦場だったアメリカでのできごとです。当然、「和文フォント」は登場してきません。しかし、この間にも Adobe は、着々と日本語フォントにも触手を伸ばしてしていきます。舞台を日本に移しましょう。
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