前回は、和文と欧文の決定的な違いや、和文でも、漢字・ひらがな・カタカナでは構造的に別もので、和文を組むことがいかに至難の業かをご説明しました。
今回は、いよいよ実技部分に入っていきます。代表的な、行頭揃え・中心揃え・行末揃えについて、特に行頭揃えを中心にお話しします。また、そこに英文が混在してくると、どうなっていくのかを、図表を通してご説明していきます。
第3回もくじ | 1.6 行頭揃えで注意すること 1.6.1 ●1文字目が漢字・両仮名混在だと揃って見えない 1.6.2 ●原因1:両仮名のサイドベアリングが漢字のそれより狭い 1.6.3 ●原因2:漢字文化圏特有の縦組み意識が働く 1.6.4 ●和文は、縦組み用にできている 1.6.5 ●悩ましい「1文字目」 |
1.7 欧文が混在する場合の行頭揃え | |
1.8 欧文だけの行頭揃え 1.8.1 ●3種類ある欧文の形状 1.8.2 ●「丸い形状の文字」の左側処理 1.8.3 ●「鋭角的な形状の文字」の左側処理 1.8.4 ●見出しに必要な微調整 |
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1.9 厄介な行末揃えでの句読点処理 1.9.1 ●高度な感覚が必要な、句読点の位置 1.9.2 ●単純な「ぶら下がり」ではない |
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1.10 中心揃えでの句読点処理 |
1.6 行頭揃えで注意すること
行頭揃えで1文字目が漢字だけであれば、さほど問題は起きませんが、漢字以外の両仮名(ひらがな・カタカナ)、あるいは欧文がくる場合は、揃って見えないという現象が起きます。ですので十分な注意が必要です。この現象は、文字が大きくなればなるほど、顕著になります。
なお、この現象は、① 詰め情報を持った書体に、②[自動(メトリクス)]を効かせた、③ 横組みの状態 で起こります。
1.6.1 ●1文字目が漢字・両仮名混在だと揃って見えない
下の図をご覧いただくとわかりますが、先頭の文字がそれぞれ「書・後・あ・ひ・こ・難」の6行あります。このうちのひらがなが3文字が左に寄って見えますね。それも、「あ」より「ひ」、「ひ」より「こ」が、より左に出っ張って見えると思います。拡大すると、さらにはっきりします。これは主に目の錯覚で起きるのですが、万人がそう見えてしまうので、何とかしなくてはなりません。
図の下段は、修正を加えたもの。「あ」を右に65em、「ひ」を右に60em、「こ」を右に100emそれぞれ右にずらしています。数値上は、かなりガタガタに不揃いなのに、見た目では揃っているように見えませんか? 目の錯覚とは恐ろしいものです。
CS以降の Illustrator では、1文字目の左側でもカーニングが効くので、適宜、右側にずらしましょう。CS以前をお使いでしたら、面倒でもスペースを入れてスペースの左右を縮めるか、スペースの右側でカーニングしなければなりません。
ところで、なぜこのような現象が起きるのでしょうか。私は、原因は2つあると考えています。
1.6.2 ●原因1:両仮名のサイドベアリングが漢字のそれより狭い
1つ目は、書体の構造にあります。前の章で、ボディ(仮想ボディ)と字面枠の関係をお話ししましたが、漢字はほとんどの文字が正方形のボディの中の、少し小さな字面枠の枠いっぱいに入っています。和文の場合はボディと字面枠の差の1/2が〔事実上の〕字間(漢字の場合のサイドベアリング)になります。
これに対して、ひらがな・カタカナは基本的にはもちろん漢字と同じですが、字面枠の正方形にいっぱいには収まっていません。スカスカなんですね。そこで、[自動(メトリクス)]の出番になるわけですが、ひらがな・カタカナに設定されたそれぞれの文字のサイドベアリングは、おしなべて漢字のサイドベアリングより狭いんですね。図で見ると一目瞭然です。
この字間(サイドベアリング)の幅の差が、ひらがな・カタカナを左に押しやる大きな原因になっています。
和文と欧文の最大の違いは、文字幅にあります。和文が、決められた1000em四方というボディ(仮想ボディ)内にすべての文字が入っている、つまり全文字同じサイズなのに対して、欧文は、文字幅が一定ではありません。
欧文の文字幅は、「セット」と呼ばれる純然たる文字幅に、両サイドの字間「(サイドベアリング)」をプラスした「セット幅」が実質的な文字幅になっています。
さらには、ボディ(欧文の場合は縦幅)すらも決められたものはなく、書体によってボディの高さはまちまちです。したがって、「ボディ」という固定的な表現ではなく、「ボディサイズ」と呼びます。
欧文のサイドベアリングは、文字幅と文字通りのセットになっており、可読性において極めて重要な意味を持ちます。
これに対して、和文には、多少乱暴な意見かも知れませんが、明確な字間(サイドベアリング)と呼べる概念がありません。
1000emの中にもともと内在されているからです。
和文も実は欧文同様、文字幅は一つとして同じものはありません。便宜上「字面枠」という正方形に入っていますが、漢字はともかく、両仮名などはスカスカの状態です。それでも、1000emという決められたボディに収まっているため、漢字のみが並んだ条件では上述した「ボディと字面枠の差の1/2」という理屈が成り立ちますが、両仮名が混在すると、字間というにはあまりに広すぎるので、サイドベアリングという概念はまったく意味を持たないのです。
和文が、サイドベアリングという概念の説得力を持つのは、後述する[メトリクス]や[オプティカル]処理して詰め組みした場合のみです。
1.6.3 ●原因2:漢字文化圏特有の縦組み意識が働く
2つ目。日本を含む漢字文化圏では、世界に類のない縦組みが存在します。中国、韓国は現在ではほとんど縦組みは使わなくなったようなので、縦組み、横組みが完全に混在するのは日本だけといってよいでしょう。いまのところ、縦組を廃止するような動きはありませんし、これからも起きないでしょう。それだけ、生活に密着しています。
横組みを使っていても日本人は縦のラインを無意識で意識(変な表現ですが)します。すると、当然「縦組み」として見た場合の1文字目は、全部左に寄っていて、見ていられない心理になります。この〔無意識の意識〕が揃えを邪魔するのです。(figure1-7)
新聞のラジオ・テレビ欄で「縦読み」が時折話題に上ります。中には、よく考えたなぁと感心するものもあります。ラテ欄は、行間がほとんどないので、これが効果的なのですが、それにしてもこの「言葉遊び」を思いつき、それを発見することができるのは、縦組みが定着している証拠です。英語圏にはないようですね。あたりまえですが。
さきほどの(figure1-7)を縦組みにしてみましょう。横組みの例でいけば、ひらがなの「あ・ひ・こ」はかなり上に出っ張るはずですが、どうでしょうか? 横組みほど目立ちませんね。強いていえば、「こ」がやや上に上がって見えますが、横組みほどのひどさではありません。右側が調整したものですが、その調整値は、微々たるもので済みました。ちなみに「あ」は下に20em、「ひ」は下に40em、「こ」は下に60emでした。小さい文字サイズなら、まったく調整しなくてもいいくらいです。
なぜ、横組みと縦組では、こんなに違うのでしょうか?
1.6.4 ●和文は、縦組み用にできている
図にすると一目瞭然ですが、ひらがなは、ほとんどの文字が「縦長」であることがわかります。
これに対して明らかに「平べったい」のは「い・せ・つ・の・へ」の5文字だけです。(書体によって多少の違いはあります。ここでは「FOT-筑紫B見出ミンStd-E」を使用しました)つまり縦組みにしたほうが、文字間にできる余計な空間が少なく、行頭揃えをした際、漢字と並んでも出っ張るという現象が起きにくいのです。
このように、和文は、もともと縦組みに適した形状をしています。縦に組んだほうがしっくりときて美しいのです。私は、和文は横組みには向かないとすら思っています。ですので、横組みにするときにはより注意が必要なのです。
日本でもほとんどの日常的な文書は横組みで占められるようになりましたが、新聞・雑誌の文字組みの比率が圧倒的に縦組みのほうが多いせいか、縦組みを見かけない日はやはりありません。日本人が意識、無意識にかかわらず縦組みを意識するのは、もしかしたら〔遺伝子レベル〕なのかも知れません。
1.6.5 ●悩ましい「1文字目」
さて、横組みの行頭揃えに話を戻しましょう。
この行頭揃えが5行とか10行になったらどうなるか。見出しにそんな行数はほとんどありえませんが、リード的な文章だったらありますね。それでは、どのくらいの調整をすればいいのでしょうか。1文字目だけメトリクスを解除しちゃえばいいのでは? そういう簡単な問題でもないんですね。
なお、カタカナは、形状がひらがなと異なるので、逆に左側に出っ張らさなくてはならない文字が相当数あります。いろいろな条件を考えると、これはもう、数値で表すのは不可能です。あくまで見た目がすべて。そう、デザイナーの「適切」な判断に委ねるほかないのです。厄介ですね。
1.7 欧文が混在する場合の行頭揃え
① 詰め情報を持った書体に、②[自動(メトリクス)]を効かせた、③ 横組みの状態
の条件で、先頭文字に欧文が混在する場合、基本的には欧文は両仮名と同じと考えて差し支えありません。
欧文のサイドベアリングは、両仮名同様、漢字のサイドベアリングより狭くなっています。条件的には両仮名と一緒ですので、欧文も、「適切」に右にカーニング処理する必要があります。
1.8 欧文だけの行頭揃え
欧文のみの行頭揃えで、揃って見えなくなる現象は、
行頭揃えをした複数行に、①「直線的な形状の文字」②「鋭角的な形状の文字」あるいは、③ 「丸い形状の文字」が混在し、見出し用に文字を大きくしたとき
に起こります。
なお、この現象は、「セリフ体(和文の明朝体に相当)」より「サンセリフ体(和文のゴシック体に相当)」で、より顕著なものになります。
なお、普通の文章組みでは、ほとんど気にする必要はありません。
左図は、Myriad Roman 右図は、Garamond Pro Regular を使用した。
このくらいのサイズでも不揃いが目立つようになってくる。下段は調整を施したもの。なお、文章は、見本状態を作り出すために無理やり改行をしたので、変なところで切れている。ご容赦を。
1.8.1 ●3種類ある欧文の形状
数が少ないので、全部あげてみましょう。
大文字:
直線的な形状の文字 | B・D・E・F・H・I・K・L・M・N・P・R・U の13文字(Uは下辺が「丸い形状」に該当) |
鋭角的な形状の文字 | A・J・T・V・W・X・Y・Z の8文字 |
丸い形状の文字 | C・G・O・Q・S の5文字 |
小文字:
直線的な形状の文字 | b・h・i・k・l・m・n・p・r・u の10文字 |
鋭角的な形状の文字 | f・j・t・v・w・y・z の7文字 |
丸い形状の文字 | a・c・d・e・g・o・q・s の8文字 |
です。なお、この一覧は、「文字の左側」のことをさしたものです。念のため。
1.8.2 ●「丸い形状の文字」の左側処理
まず、「丸い形状の文字」から、大文字で説明しましょう。書体デザイナーの立場から少しお話ししたほうがよさそうです。
大文字をデザインする際、キャップハイト(キャップラインとベースラインまでの高さ)を基準にしますが、上にあげた C・G・O・Q・S の5文字は、ほかの文字と同じ高さにすると小さく見えてしまうので、大きめにします。よく見ると、キャップライン、ベースラインともにはみ出て設計されています(figure1-13)。丸い形状は閉鎖的・求心的なので小さく見えるためです。
さて、さきほど、文字の上下は、キャップハイトを上下それぞれはみださせれば、揃って見えることがわかりました。とすると、左右も同じ理屈で「直線的な形状の文字」より外側(行頭揃えの場合は左側)に、はみださせればいいですよね。では具体的にどうするか。サイドベアリングの幅を調整すればいいことに気づきませんか? そう、「丸い形状の文字」のサイドベアリング幅を狭くすればよいのです。
書体デザイナーは、そういう作り方をするのです。でもこれは、図がないとわかりづらいですね。(figure1-13)と(figure1-14)も参照して見てください。
サイドベアリングの幅を比べると“O”のサイドベアリングは“H”のそれの約1/2しかない。したがって、その分、左に寄ることになる。
黒く塗りつぶした部分が、実際に左に飛び出る。当然、右側も同じ設計になっている。
こういうことです。
1.8.3 ●「鋭角的な形状の文字」の左側処理
さて、次は「鋭角的な形状の文字」のお話しです。A・J・T・V・W・X・Y・Z の8文字の左側を見ると、「J」と「T」を除いては、いずれも斜めの線でできています。そして、8文字に共通することは、ホワイトスペースが深く入り込んでいることです。
このように、ホワイトスペースに〔浸食〕されている文字は、文字の左側のホワイトスペース(文字が存在しない部分)が、文字を〔浸食〕しているホワイト部分に流れ込み、文字を右側に押し出します。ちょうど、海辺の波打ち際に係留しているボートを波が岸に押し上げているような感じです。これは紛れもなく目の錯覚です。
これは万人に起きるので、押し出された分を左側に戻してやらなければなりません。ですので、「丸い形状の文字」と同様、サイドベアリングが狭く設計されています。
1.8.4 ●見出しに必要な微調整
欧文は実に用意周到にデザインされています。したがって、冒頭にもお話しした通り、通常の文章組みでは、ほとんど気にする必要はありません。
ただ、見出しのように、大きいサイズの文字になったとき、この「用意周到さ」だけでまかなえなくなってきます(figure1-12)。実際の仕事では「直線的な形状の文字」「丸い形状の文字」「鋭角的な形状の文字」の混在する確率は高くなるので、「適切」に左側にカーニング処理を加えて微調整する必要があるのです。
これだけ形状が異なる文字が先頭にくると、揃えはかなり困難になる。
みなさんの目にはどう映るだろうか。私の調整したものでは不満なかたもでてくるだろうと思う。これには、個人差も関係するので。(決して、逃げではない…!?)
この章のテーマではないが、右上図では行間の調整もしてみた。小文字が混在すると行間にひずみが生じる。
これもみなさんにはどう映るどうだろうか。
1.9 厄介な行末揃えでの句読点処理
行末、つまり右(下)を起点とする揃え処理は、右側あるいは下側にデザインの中心がある場合に使うと、ちょっとおしゃれな効果を発揮します。ただ、行頭揃えと異なり、可読性という面では劣るため、行が多いときはやめておいたほうがいいかも知れません。
1.9.1 ●高度な感覚が必要な、句読点の位置
行末揃えでは、前章でお話ししたことを鏡に映した状態になります。対処の方法は行頭揃えとまったく逆方向のことをすればいいのですが、行末揃えは、もう一つ、困ったことが起きます。それは、句読点の扱いです。
行末揃えは、[エリア内文字入力](テキストオブジェクトの中に文章を流し込む方法)では、ほとんど意味がないので、[ポイント文字入力](任意の場所をクリックして文字を入力する方法)で行います。
したがって、長い文章に向く方法ではありません。使い方は限定されますが、リード文には適しています。一定の短い文章を、区切りのよい場所で改行を入れていきますが、この作業で、句読点がある行と、句読点がない行ができます。
(運よくすべて句読点で切れればいいのですが、ほとんどの場合、そううまくはいきません)
1.9.2 ●単純な「ぶら下がり」ではない
そうするとどうなるか。句読点のない行が右に飛び出して見えるのです。ですので、この行をカーニングで左にずらさなくてはなりません。結果的には、句読点が飛びでる「ぶら下がり」状態を作ることになりますが、単純にぶら下がり状態にすると、今度は句読点が飛び出て見えて、揃った感じにはなりません。
これを揃ったように見せるのには、高度なバランス感覚を要します。「適切」さの極みといってもよいかも知れません。
1.10 中心揃えでの句読点処理
中心揃えは、おしゃれなものを作るときに重宝します。ただ、行末揃え同様、可読性が乏しいので、長い文章には向きません。
作業的には行末揃えとほぼ同じですが、やはり問題になるのは、句読点の処理です。
句読点が入る行は、左側に寄って見えます。行末揃えと異なり、この場合の句読点はその形状から、「見えないもの」という意識が働きます。でも、実際には詰め組みで「半角分」、ベタ組みで「全角分」あるので、数値的には中心でも視覚的には左に寄って見えます。
「適切」に右側にカーニング処理しましょう。
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次回(第4回)は、主にタイポグラフィの大敵「目の錯覚」についてお話しします。予告下ページャ[4]のクリックを。
第4回予告 | 1.11 揃え処理の大敵、目の錯覚 |
1.12 書体デザイナーの苦悩 |
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