MOJI ESSAY
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私のデザイン変遷史 第18回 総合書体「和音」への挑戦
第18回(最終回)かな書体から総合書体へシフト勢蓮明朝のあと、勢蓮呉竹、松葉、奔行と続けてかな書体を作り続けてきていた。2年目には勢蓮万葉と…
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私のデザイン変遷史 第17回 さぁ、フォントを作ろう!
第17回10. 自社製品を持つ…フォントの開発を開始明朝体は、私がレタリングデザインを始めるきっかけとなった書体である。その優美さに魅せられ…
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私のデザイン変遷史 第16回 遅すぎたMacとの出会い
第16回事実上初のフォント制作は欧文だった話は前後するが、電子組版機「KX-J1010」導入の少し前だったと思う。かねてからのクライアントで…
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私のデザイン変遷史 第15回 一転、地獄に ーバブル崩壊への対策に忙殺ー
第15回バブルの崩壊1986年(昭和61)にバブル経済が始まってから、1991年(平成3)2月にバブルがはじけるまで異常な好景気が続いたが、…
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私のデザイン変遷史 第14回 砂上の楼閣 ー面白いように稼げた時代ー
第14回長期安定成長期経済の初年に起業私が起業した1973年(昭和48)は、日本経済が高度経済成長を終え安定成長期に入った年であった。この原…
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私のデザイン変遷史 第13回 試作機のようなモリサワ写植機が原点
第13回8. 独立と結婚船橋の印刷所には5年間お世話になった。さまざまなことがあったが、この5年間は私にとって掛けがえのないものになった。…
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私のデザイン変遷史 第12回 文字への強いこだわり
第12回7. モリサワの文字と写研の文字「第8回 写植への転向」の回で、当時のモリサワの文字レベルの低さを述べたが、現在の充実ぶりからは想像…
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私のデザイン変遷史 第11回 笑えない話 その2(写植編)
第11回冷や汗ものの製版指示製版とは、できあがった版下を指示に基づいてオフセット印刷用のフィルムに加工する部門をいう。多くは、この部門は別の…
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私のデザイン変遷史 第10回 アナログはこんなに大変だった!
第10回6. 写植による版下の制作ここで、写植による版下(はんした)の制作にふれておきたい。版下を紙に描くという行為は、活版にも、これから出…
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私のデザイン変遷史 第9回 写植の原理と構造
第9回写植機の原理さて、写植に話を戻そう。重くて取り扱いが大変だった「活字箱」にとって代わって「文字盤」が出現する。この文字盤は2枚…