第7回
活字と罫線でデザインを試みる
さて、だいぶ活字のお話しに熱が入ってしまった。「ガリ版」の項でも書いたが、文字はデザインの最重要要素である。文字を語ることはすなわちデザインを語ることにほかならないのだ。
就職した印刷所は、オートレースの予想新聞の取材から印刷までを手掛ける一風変わった会社であった。
私は、配達やこまごました雑用をこなしながら、1年後には、この新聞組版の主任になった。活字だけで本格的なデザインはさすがにムリだったが、それでも、紙面構成を従来と変える試みを行った。
オートレースは、1回のレースに6台から8台くらいのオートバイがスピードを競う競技である。新聞では罫線を仕切りにして、出走バイクの性能だとか、乗車する選手の技量などの情報を細かく詰め込んだものを積み上げて組版していく。この種のレース新聞フォーマットはどこも似たようなものだった。
私は、罫線がよく使われる特徴を生かして、罫線で見栄えが良くなる工夫をしてみた。活字と罫線があれば、それなりのデザインはできる。現状では、そのくらいしかデザインの能力を発揮する場はなかった。
笑えない話1 活版編
私は、この会社での業務は、主に文選と植字を担当した。この2つの部門で誰でも必ずやらかす失敗があった。私もご多分に漏れず経験した、本当に笑えない怖い話を紹介する。
ケース1:文選作業中、活字棚をひっくり返す
活字は活字ケースに整然と並べられ、脚立状の「馬」と呼ばれるケース棚に立てかけられている。原稿をもとに活字の採字(「活字を拾う」という)作業をするのだが、ごくまれに、指が活字にひっかかり慌てて引くと運悪く活字ケースごとひっくり返すことがあった。
横40cm×縦30cmほどのケースに100種類以上の活字がそれぞれ複数本入っている。これを1本ずつ戻すのである。もう最悪であった。
ケース2:文選作業中、拾った活字をぶちまける
文選箱と呼ばれる箱(80mm×160mm程度の片手に収まるサイズだったと思う。スマホを持つ要領で親指・薬指・小指で箱を支え、伸ばした人差し指・中指そして薬指で原稿をはさんで持った)に、原稿に基づいて活字を拾い、貯めていくのだが、手元の箱が3分の1くらいになると重くて作業能率が悪くなる。そこで、別のストック用の箱に移すのだが、そのとき、慎重になりすぎて手に変な力が入ってしまい、ぶちまけていままでの作業が台なしになることがあった。
ケース3:植字作業中、組み上がった版をひっくり返す
原稿に基づいて、拾った活字をクワタという活字より背の低い込めものや、インテルという木製や金属製の行間を埋める込めものと組み合わせて版の形にしていく。
植字の作業台にゲラと呼ばれる、「厚さ2mmくらいの、A3くらいがすっぽり入るサイズの長方形の鉄板の3辺に背の低い棒状の板を張った、浅いお盆のようなもの」(わかります?)を立てかけて植字作業をするのだが、またもや指をひっかけてせっかく組み上げた版をゲラごとひっくり返すことがあった。悪夢のようなできごとだった。
また、最後の最後、できあがった版をくくり糸と呼ばれる太いタコ糸で縛るのだが、力を入れ過ぎて糸が跳ね、版がバラバラに飛散することもあった。
ケース4:校正紙印刷中、校正機に移し損ねて(戻し損ねて)版を破壊
さて、ここまで失敗がなく安心したのも束の間、悪夢が襲うことがあった。校正機と呼ばれる簡易印刷機に版を載せて校正紙を印刷するのだが、その際、校正機の中央にゲラを置き、版を押さえながら静かにゲラを引き抜く。このとき、版が校正機に乗り切らないうちに不用意にゲラを持ち上げてしまい、版を固定してあるくくり糸が跳ねて版がバラバラに解体されることがあった。
よしんば無事に印刷できても校正機からゲラに移すときがまたまた大変。細心の注意が必要だった。校正機とゲラの間に段差が少しでもあればゲラに戻すことはできない。ゲラには校正機に一時的に「引っかける」ために、周囲に貼ってある板が3〜4㎝ほど長く突き出ている。
この突起を校正機に引っかけ版を戻すのだが、ゲラの鉄板は薄いため、鉛の固まりといってよい、かなりの重量がある版が戻ると、重さで湾曲する。このとき、そのすき間に活字が引っかかってしまうことがあった。こうなるともうアウト。ぶちまける運命をたどるのであった。何をやっているんだか…。
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