■各論編 ⑫ 小塚明朝
作者の文字への情熱がほとばしる=小塚明朝
前回は、アドビシステムズの「小塚ゴシック」を紹介しました。大変クセの強い、好き嫌いがはっきりする書体です。心苦しいのですが、厳しい意見をたくさん書いてしまいました。ファンのかたもたくさんおられるはず。ご容赦ください。
今回の「書体の性格・各論編」は最終回。同じアドビシステムズの「小塚明朝」を取り上げていきます。
メーカー・開発者の説明
「小塚明朝」は、本文から見出しまでの幅広い用途に利用できる明朝体ファミリーです。キャプションなどごく小さな文字サイズで使ったときに効果的な EL(Extra Light)、一般的な本文組版から広告用コピーなどの広範な用途をカバーする L(Light)、R(Regular)、M(Medium)の3つのウェイト。見出しなどにおいて、明快で力強いメッセージを表現する B(Bold)とH(Heavy)。「小塚明朝」ファミリーはこれら6つのウェイトで構成されています。どのウェイトを使った場合でも優れた印字・印刷適性が得られるよう、各ウェイトで多用される印字サイズ・用途などの諸条件を考慮して入念にデザインされています。
書体の私見・感想
●新聞明朝を連想させる字面の大きさ
この書体も小塚ゴシックと同じく、小塚昌彦氏を擁する Adobe が、彼を中心としたチームを立ち上げ制作されたものです。骨格は、ゴシックとほぼ同じです。(こちらが先にできたようなので、正確には「ゴシックが明朝の骨格とほぼ同じ」)
「小塚明朝」の最大の特徴は、字面が大きいこと。他の明朝体と比べてみると、いかに大きいかがわかります。私は、この明朝は、いわゆる既成概念の明朝ではなく、新聞明朝だなという気がしています。そういえば、小塚氏は、毎日新聞技術部に勤務していて、毎日新聞の書体制作に携わっていました。新聞明朝という印象があったのは、毎日新聞明朝によく似ているせいかも知れません。
文字サイズがいかに大きいかは、本稿の総論編「書体選定に役立つ、書体の表情を知るための12+1のチェックポイント」1.5 ●ボディ(仮想ボディ)と字面枠の関係 figure9 をご参照ください。一番下が「小塚明朝」です。
●人間的より機械的と映る直線的設計
かなは、極限に近いほど、横幅が広く(正方形に近く)設計されています。これはもう、デフォルメと表現したほうがいいかも知れません。当然横組みを意識して作られたことがわかりますが、あまりに大きいため、横組み、縦組みともに長文には向きません。したがって、使用範囲はかなり限定される書体です。
目立つので、漫画の吹き出しのようなごく短いセリフによく合います。事実漫画作家さんには重宝される書体のようです。
漢字の縦画・横画はすべて直線でメリハリがありません。横画は既存の明朝より若干細く、特にHウェイトで、その細さが際立ちます。その意味でのメリハリは確かに存在します。はらいなどの曲線部も、どちらかというと直線的で、その印象は人間的より機械的と映ります。一文字ひともじを見ると、とても美しいとは呼べない形状をしています。
ただ、組んでみると、そうでもなくなります。「集合体としての美」が設計思想に盛り込まれている気がして、さすが、小塚氏だなと思います。
●万人受けする書体は存在しない
この書体には、小塚昌彦氏の「既成概念を崩す」という、強い意志が感じられます。当然、好き嫌いの度合いは強くなります。私は、申し訳ないけど嫌いなほうかな。まず、使いません。
書体というのは、それでいいのだと思います。万人に好かれる書体など存在しません。人間には個々の好みがあるからです。私のように「伝統的」書体のほうが好きな人間は「現代的」書体は好きになれません。反対に「現代的」書体が好みの人は「伝統的」書体は、古臭くていやだと思うのです。これはどうしようもないことです。
●文字種の多さがフォント製作の最大の障壁
私は、小塚氏の作る書体は、好きではありません。でもそれは、小塚昌彦氏という人格や仕事を否定するものではありません。むしろ、氏の書体設計への真摯な態度は尊敬に値するものです。
フォント、特に和文フォント製作の一番のネックは、完成までに長大な時間がかかることです。ちなみに、私の「和音ファミリー」は、9ウェイトすべての完成までに2年8か月もの歳月がかかっています。原因は、いわずと知れた、その文字数の多さです。
●「ディレクション方式」の先駆的役割を果たした小塚昌彦氏
前回の「小塚ゴシック」でも書きましたが、小塚氏は、Adobe において、ひとつの書体を短期間で作り上げるための、「ディレクション方式」(この呼び名が正しいかどうかはご勘弁を)を確立していきます。小塚ゴシック、小塚明朝はこの方式でできあがっています。恐らく、試行錯誤の連続だったに違いありません。
私が生意気にも前回、今回で小塚ゴシック、小塚明朝を批判するような記事を書いたのも、そのクオリティに疑問を感じたからです。それは、複数の人間が関わったがゆえの結果であったと思います。小塚氏はその難しさを一番わかっていて、敢えて挑戦した訳です。結果はともあれ、これは画期的なことなのです。
現在、Adobe では、西塚涼子氏率いるプロジェクトチームが、目覚ましい成果をあげ続けています。本当に短期間で「源ノ明朝」や「源ノ角ゴシック」を作りあげ、最近では意欲作「貂明朝」を発表しました。いずれも高水準の優れた書体ということができます。
これは、小塚氏の挑戦がなければ、なしえなかったことと私は思います。その勇気と先見性に、心から敬意を表さずにはいられません。
おわりに
書体の性格・表情は、その理由から普遍的なものはなく、正解もありません。ただ、一定の法則性があることは確かです。本稿の冒頭記事で、「伝統的」「中庸的」「現代的」書体の見分けかたを紹介したのは、その法則性を紹介するためでした。
小塚昌彦氏は、「我々は十字架を背負っている」と述べています。元来縦組み用に作られたかなを用いて、横組みをする運命を表現したものですが、これには私は深く共鳴します。縦組みに適した書体は、横組みには向かず、横組みに適した書体は、大かなにならざるを得ず、美しさや可読性は犠牲になります。
結局、現状の「かな」を使用する限り、「あちらを立てればこちらが立たず」状態が続き、両方が満足する書体の出現はほぼ不可能といわざるを得ません。
日本語の組版は、おそらく世界に類をみない恐ろしく難しいものです。縦組み・横組み、漢字・ひらがな・カタカナ・欧文の混在する、矛盾とも呼んでいいこの現実。この環境のなかでデザインしていかなければならない私たちデザインを志す人は、この「十字架を背負って」いくのです。
和文書体を用いたタイポグラフィの困難さは、ここに極まるといってよいでしょう。その困難さに敢えて挑戦し、多大な成果の礎を築いてくださった小塚氏に最大限の敬意を表しつつ、12書体を紹介したところで、この稿をひとまず終了したいと思います。長いことお付き合いいただきありがとうございました。
書体の性格 もくじ |
1 書体の選びかたでデザインが劇的に変わる。書体の性格を知ろう ●書体選定に役立つ、書体の表情を知るための12+1のチェックポイント |
2 書体の表情 1 ●この書体を使えば失敗はほとんどない=ゴシックMB101 2 ●この書体を見ない日は、まずあり得ない=リュウミン 3 ●正統派なのにどこか素朴であたたかい=セザンヌ 4 ●おおらかさの中に風格が漂う=筑紫B見出ミン-E 5 ●どのウェイトのどの文字種もほぼ完璧=游ゴシック体 6 ●ワンポイントに独特の雰囲気を醸し出す=A1明朝 7 ●普遍的なしっかりとした力を持っている=AXIS 8 ●藤沢周平の小説を組むために作られたという=游明朝体 9 ●macOSやiOSに標準搭載されている=ヒラギノ角ゴ 10 ●現代的と伝統的の不思議なコラボ=ヒラギノ明朝 11 ●好き嫌いがはっきり分かれる=小塚ゴシック 12 ●作者の文字への情熱がほとばしる=小塚明朝 |
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