▼第1回(通算第5回)
この章では、主に和文の詰め処理について、お話しを進めていきます。
グラフィックデザインをしていく上で、文字の入っていないものは、皆無といって良いでしょう。なぜなら、写真に文字が入っていなければポートレートやランドスケープだし、ファッション系のイラストに文字が入っていなければ、それはスタイル画です。
ただし、文字が1文字でも入れば、それはグラフィックデザインになります。たとえば、B全判(紙の規格サイズのひとつ)に元テニスプレーヤーの松岡修造さんが写った印刷物はポートレートですが、「喝!」の文字が入れば、それだけでテニス塾のポスターになり得ます。そこに「未来は君たちのものだ!」というキャッチコピー、中見出し、説明文、塾の名前、住所、電話、地図などが入れば立派なポスターやフライヤーになります。
さて、キャッチコピーの「未来は君たちのものだ!」は、当然、見出しなので、大きなフォントサイズになりますね。これが、パソコンで打ち出(出力)したままの状態で使ったらどうなりますか? とても貧弱なものになってしまいます。
なぜ、そんなことが起きるのか、を次の項で検証し、「詰め」がなぜデザインに必要不可欠なのかをお話ししていきます。
なお、お断りしておきますね。ここでは、「比較的文字数の少ないグラフィック作品」について論じています。文字数の多い精密なエディトリアルを対象にしたものではありません。何でもかんでも詰めることには否定的な立場です。「つめる」には、「適切」な状況判断が必要です。
2.1 プロポーショナル機能の限界
和文は、第1章 “タイポグラフィ7つのルール その❶ 美しさの基本は「そろえる」にある” で少し触れたように、それぞれの文字幅が違うのに、欧文のようにそれぞれの字幅(プロポーショナル)になっていません。
各文字が、その形状にかかわらず、一律に正方形の中に収まっているため、並べていったときに文字間(サイドベアリング)が一定しないという現象が起こります。これは主に、作りの小さいひらがな・カタカナが混在することが原因です。
そのため、フォント自体に詰め情報を持たせ、欧文と同じ効果をもたらすプロポーショナル機能を持ったフォントが登場することになります。ただ、このプロポーショナル機能は、後述する、Illustrator などアプリケーションの文字詰め機能に依存します。
(Windows 系の「MS明朝」や「MSゴシック」で「MS P明朝」のように「P」の字が間にはさまっているフォントがあります。これがいわゆるプロポーショナルフォントです。(Pはプロポーショナルの意)これは、何もしなくても詰まってしまう、ある意味便利なものですが、私はあまりお勧めしませんし、個人的には絶対に使いません)
ところが、(figure2-3)のように、プロポーショナル効果を加えても、なおかつ、まだ文字間が空いてしまう現象が多々起こるのが和文の困ったところです。これは、一つひとつの文字の形状に原因があります。なお、この現象は、欧文でも起こります。これについては、“2.2 和文の詰め処理” でお話しします。
これを解決するために「手詰め(マニュアル・カーニング)」というデザイン行動が必要になってきます。手詰めを「適切」に行うことで、和文は、本来持っている美しさをどんどん発揮していきます。
2.2 和文の詰め処理
ここではしばし、Illustrator のメニューパレット[文字]のそれぞれの機能を説明していきます。
[文字]は、メニューバー(画面の一番上部)の[ウィンドウ]をクリック、プルダウンメニューの[書式]の中にあります。この[文字]や、後述する[段落]はよく使うので、画面の好きな場所に出しておきましょう。
ウィンドウ>書式>文字
それでは、スクリーンショットの丸数字の順にご説明していきましょう。
2.2.1 ❶Illustratorの詰め情報をONにする機能[文字間のカーニングを設定]
[文字間のカーニングを設定]:「文字詰め」のこと。単位は em。
文字の両側が詰まります。
[カーニング]と、後述する[トラッキング]の値は、いずれも「1/1000em」単位で指定します。emは、その文字に設定されているフォントサイズと正確に比例する「相対的な単位」です。たとえば、フォントサイズが1Qの場合は「1em」が1Qと同等になり、10Qの場合は「1em」が10Qと同等になります。
「1/1000em」という極端な数値がでてきました。勘違いをする可能性があるので念のために補足しておきます。
1emとは「1000/1000em」ということです。メニューパレット内の[カーニング]や[トラッキング]欄で[−25]を選択した場合は、「25/1000em」詰まることになります。「1」と「1000」の極端な数値の違いが、勘違いを起こす原因になります。
なお、「Q」については、後述のコラム “1歯(いっぱ)について” で詳細に語っています。
これに対し、後述の[文字ツメ]の値はパーセンテージで設定します。パーセンテージが高くなるほど、文字間のアキは狭くなります。
ⓐ フォントの持つ詰め情報をONにする[自動(メトリクス)]
フォント自体が持っている詰め情報を「ON」にする機能。
書体デザイナーあるいはプログラマー(共同開発者)が、独自の基準で文字の左右の空き(サイドベアリング)を決めています。和文の場合、ほとんどの書体は両仮名のみの設定になっています。
たとえば、ひらがなの「り」。縦長ですね。というか、横幅が短いといったほうが正確ですかね。1000emのボディ(仮想ボディ)に対して、『ある書体』は「り」の横幅は600emあります。サイドベアリングをそれぞれ10emずつとったとして、合計20em+字幅の600emで620emが、この書体のプロポーショナル上の文字幅となります。
[自動(メトリクス)]の機能は、たとえば、左右2文字あったとして、左側の文字幅が620em、右側の文字幅が860emだった場合、次の計算式を自動的にやってのけます。
左側の文字(1000em-左側の文字幅:620em÷2)=190em 右側の文字(1000em-右側の文字幅:860em÷2)=70em 190em+70em=260em |
導き出された260emが、この2文字の詰め幅ということになります。ただ、この計算式は、文字がボディの中心に入っていることが前提の、みなさんに数値をはっきりと示すための説明用の式です。実際の和文はほとんどの文字が中心には入っていません。ですから、
(左側の文字の)右側の空き +(右側の文字の)左側の空き = 2文字の詰め幅 |
ということになります。
まあ、こんなことを考えなくても、勝手にやってくれるから、指令を与えればそれでいいんですけど…。
それより、ついてきてくださいね。
なお、サイドベアリングの数値は、すべての文字が同一というわけではありません。文字の形状によって左側が狭く、右が広かったり、その真逆だったり、あるいは両方が狭かったり、広かったりします。
ⓑ Illustrator自体が持つ詰め機能をONにする[オプティカル]
アプリケーション(ここでは Illustrator)が持っている(計算して割り出す)詰め情報を「ON」にする機能。
字形(グリフ)の前後の空きを判断して詰め幅を瞬時に弾きだします。
[オプティカル]の詰め幅は、[メトリクス]の詰め情報の考えかたを踏襲してはいるようです。ただ、いえることは、文字の左側はデフォルトのまま、文字の右側だけが詰まっていきます。そして、最終文字のみ左も右も詰まらず、デフォルトのままです。この変則的で複雑な減算の度合いをどう判断し、どのくらいの数値にしているのかは、開発者にしかわかりません。
書体によっては、詰め情報がないものもあります。その場合、オプティカルを使います。
なお、このオプティカルは縦組みには効きません。
ⓒ いわゆる「ベタ」送りをする[和文等幅]・[0]
[和文等幅]の「等幅」とは、ボディまるまるの幅ということ。詰め処理をしない、デフォルトの1000emでの字送り(ベタ送り)のことです。また、ちょっと下の[0(デフォルト)]もまったく同じ意味です。ただ、[和文等幅]では欧文の「(ペア)カーニング」は効きますが、[0]は効きません。
ⓓ キー入力で微調整をする、手詰め(マニュアル・カーニング)
[自動(メトリクス)]や[オプティカル]機能を使った後でも、なお広がって見える部分は必ずできてしまいます。ここからがデザイナーの腕の見せ所、手で詰めていきます。この手詰めは、
で、詰めていくことができます。なお、Shift キーを同時に押すと設定数値の×10、command(Mac)、Cl(Windows)を同時に押すと、100em詰まります。
この手詰めの数値設定は、[環境設定]からも任意に行うことができます。
Mac:Illustrator>環境設定>一般>テキスト
Windows:編集>環境設定>一般>テキスト
(figure2-9)
上から2番目の[トラッキング]に好みの数値を入力できます(デフォルトは20)。
ⓔ OpenTypeフォント限定機能[プロポーショナルメトリクス]
[自動(メトリクス)]の機能を使った後、手詰めを行うと、メトリクスの情報が破壊され、予期しない部分まで広がってしまいます。それを防ぐために、このプロポーショナルメトリクスの機能があります。[自動(メトリクス)]を使う前に、これにチェックを入れておきましょう。忘れちゃった場合も慌てずに。チェックを入れて、気を取り直して、[自動(メトリクス)]から再度挑戦です。
多数の機能を備えたOpenTypeフォントを便利に使うためのパレット
なお、滅多に発生しない作業と思われるが、[自動(メトリクス)]処理を解除する場合、このチェックもはずさないと、「ベタ」組みの状態には戻らない。
[トラッキング]・[文字ツメ]機能を使用する場合は、この[プロポーショナルメトリクス]機能は必要ありません。
なお、この機能は、フォントフォーマットが「OpenType」のみに適用されます。だからメニュー名が「OpenType」なんですね。ちなみに、CID フォントや TrueType フォントでは、グレー表示(選択不可)になっていて選択(チェック)できません。
ウィンドウ>書式>OpenType
フォントフォーマットとは、フォントの形式、様式などと訳すことができます。フォーマットは、使用者の立場からすれば統一されていたほうが良いに決まっているのですが、やはり、企業間の覇権争いになると、それぞれが勝手にいろんなものを作っちゃうんですね。
代表的なものに、OCF、CID、TrueType、OpenType の4つがあります。
現在では、Macintosh、Windows 双方で使用可能な OpenType が主流になってきています。
詳細は、別記事 “フォントフォーマットを知るための4つの視点と4つの代表的フォーマット” をご覧ください。
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次回(第2回:通算第6回)は、集合体としての文字に均等に詰めていく働き[トラッキング]と[文字ツメ]についてお話しします。予告下ページャ[2]のをクリックを。
第2回:通算第6回 予告 |
2.2 和文の詰め処理(今回のつづき) |
お詫び
上記文章中、認識不足や勘違いによる誤記がありました。現在は修正済みです。ご迷惑をお掛けしたこと、お詫びいたします。いち早くご指摘いただいた works014 さんには心より感謝いたします。ありがとうございました。詳細は下記、コメント欄をご覧ください。
ですので「[自動(メトリクス)]を使わなくても、この[プロポーショナルメトリクス]にチェックを入れると、同じように詰まる。」という部分も間違っています。
コメントありがとうございます。
ご指摘のとおりですね。この部分削除しました。
ありがとうございました。
メトリクス(自動)とプロポーショナルメトリクスの違いは「誤差」ではありません。
メトリクス(自動)は「プロポーショナルメトリクス」と「(ペア)カーニング」を同時に発動する機能です。
ところが、手動でカーニングを(さらに)調整すると、
カーソル直前の文字の「プロポーショナルメトリクス」が外れるということになります。
なので、意図せぬ部分が「開く」のです。
端物で、文字数の少ないキャッチやリードならおっしゃることもわかりますが、目的や一度に読む文字量をはっきりさせず、ただ詰めろ詰めろというのは誤解を招くと思います。
やたらとなんでも詰めたがるデザイナーもどきには辟易しています。
コメントありがとうございます。
おっしゃることはよく分かります。ただ、「文字数の比較的少ないグラフィック作品」と申し上げていると思いますが…。
なんでもかんでも詰めるのは、私もすすめているわけではありません。
考え方は、中嶋さんと違わないと思っております。拙い文章で、真意を伝えることができず、申し訳ありません。
手ヅメの数値設定はそこではありません…ふたつ下の「テキスト」の「トラッキング」の項目のハズ。
「トラッキング」とはなっていますが「カーニング」も共通しています。
文字あるいは文字列を選択して反転していれば「トラッキング」、
カーソルを字間に置いているだけなら「カーニング」がその設定値に応じて変更されます。
また、「和文等幅」と「0」では異なります。
「和文等幅」では欧文の「(ペア)カーニング」は発動しますが、
「0」ではそれも発動しません。
コメントありがとうございました。
誤認がありました。オブジェクトやパスの移動と混同していました。初歩的なミスでした。
また、和文等幅と「0」については、書き忘れました。
いずれも記事は書き直しました。
大変申し訳ありませんでした。