▼第4回(通算第15回)
前回は、[合成フォント]についてさまざま語ってきました。[合成フォント]は、意外なほど知られていないので、初めて聞くかたも多かったかも知れません。便利なので、どんどん使っていただければと思います。
今回は、こまごまとしたタイポグラフィのテクニックを図解を交えてまとめました。したがって、項目はたくさんあります。この第4回で、『タイポグラフィ7つのルール その❹ 強調・複合などを盛り込む「たす」要素』は終わりになりますが、最後にやらないで欲しいこと、やってはならないことをお話ししました。
テクニックも大事ですが、やってはならないことを知っておくのも大切なことです。どうぞご参考に。
第4回:通算第15回 もくじ |
4.6 約物(記号類)のサイズを上げる |
4.7 役割を逆転させる | |
4.8 一文字ずつばらす | |
4.9 ほとんどのグラフィック作品は、明朝とゴシックでできている | |
4.10 縦書きの有効さを知る | |
4.11 文字修飾をやたらに使わない 4.11.1 ●文字修飾には中毒性がある 4.11.2 ●素材の良さを引き出す |
4.6 約物(記号類)のサイズを上げる
約物とは、漢字、ひらがな、カタカナ、数字以外の各種記号類の総称です。句読点、カッコ類、疑問符、感嘆符、引用符、アクセントなど、たくさんの種類があります。
これらは、いずれも発音しないものです。音が存在しないがゆえに、いろいろと遊べる要素があるといえます。ブログなどでよく見かける引用文を表す部分の両サイドに使われている、ダブルクォーテーションなどは良い例といえましょう。一目で引用文だとわかりますね。(引用以外の、目立たせるための用途に使っている例がほとんどのような気がしますが。)
ここも、くどくど説明するより例をあげてみましょう。どれもとても効果的です。鍵かっこは、文字でなくパスに切り替え、極細の線(0.1~0.2mmくらい)で大胆に書くと効果てきめんです。
カギ括弧は、文章組みでは目立たないが、文字サイズが大きくなると、とたんにダサイ感じになる。通常はカギ括弧のサイズを落とすが、❶のように細めのパス(0.15〜0.25mmくらい)で大きめに書くと、とてもおしゃれになる。
ほとんどの書体は、疑問符や感嘆符が小さめにできている。これは組み込まれた「セット欧文」のサイズに合わせているためで、ある意味、宿命的なもの。したがって、他の文字とのバランスをとるため、❷のように少し大きくしなくてはならない。
約物は、アクセントやワンポイントとして使う場合は、❸大きくするだけでなく、❹傾けたり、斜体をかけたりするのも効果的である。
4.7 役割を逆転させる
これは、「減り」と「張り」の2つの要素を兼備しつつ、一般的で常識的な役割を逆転させた手法といえるでしょう。
一般的には見出しは太いウェイト、文章は細いウェイトと相場が決まっていますが、これを逆転させると面白い効果がでます。
普通は、見出しは太いウェイトのゴシック系を使いますが、この例は、細めの明朝を使っています。また文章は、普通は細いウェイトのゴシックか明朝を使いますが、ここでは太いウェイト(なんとボールド!)を使っています。下段は、見出しに細めのゴシック、文章に太い(なんとウルトラ!)明朝を使いました。
この場合の文章は、短め(20~30字詰め・3行から5行くらい)がいいでしょう。簡潔で箇条書きに近いパンフレットの項目や、ウェブサイト・バナーの商品説明などに効果的です。
4.8 一文字ずつばらす
文字列を一文字ずつばらして、大きさに抑揚を与えていく技法があります。これも「メリハリ」の要素を利用したデザイン処理です。実例で見てみましょう。
この表紙の装丁「稲生物怪録絵巻集成(いのうもののけろくえまきしゅうせい)」(国書刊行会刊)は、私の制作した仮名フォント、「勢蓮明朝仮名Old-M」(仮名書体)を使用し、著名なエディトリアル・デザイナー、工藤強勝(くどう・つよかつ)さんがデザインしたものです。
(figure4-13)の左図は、普通に縦組みにしたものに文字詰めを施してあります。右図は、工藤さんの文字配置を参考に、再現したもの。左図よりも格段に良くなっているのは一目瞭然です。サイズに「メリハリ」を与えただけでなく、左右に揺らして、あたかも筆で書いたように一文字ひともじを配置しています。
工藤さんも、この作品は大変気に入られていると聞きました。以後、「勢蓮明朝仮名Old-M」は、工藤さんのデザインの必須書体になっているそうです。(このエピソードは手前味噌でしたね。)
このコーナーに使用した写真・画像・文章の掲載については、書籍の刊行元・国書刊行会さん、装丁デザインをされた工藤強勝さんから掲載の快諾をいただいています。
4.9 ほとんどのグラフィック作品は、明朝とゴシックでできている
デザイン初心者に共通することをいくつか述べてきましたが、明朝体を敬遠する傾向があるのもその一つと、私は感じています。目立つデザインをと意識するから仕方がないのですが、その結果として、ゴシック体を多用するようになっていきます。
ただ、ゴシック体ばかり使っていると、マンネリ化はすぐ訪れてきます。ゴシック体は、文字形状そのものに特徴が乏しく、没個性になりがちだからです。
書体の選定は、仕事の内容によって左右されるので、一概にゴシック体だけでは良くないともいい切れませんが、やはりバランスよく、明朝体・ゴシック体が使われていると、デザインは引き締まったものになります。
ほとんどのグラフィック作品は、明朝とゴシックでできています。それがわかれば、明朝体を使う勇気もでてくるでしょう。デザインは、結局、臆病な心との戦いなのです。
4.10 縦書きの有効さを知る
もう一つ。縦書きも敬遠されます。縦書きは、使い方を間違うと古臭いイメージになってしまうため、使うのをためらうようです。しかし、効果的な縦組みの混在は、紙面に変化とリズムを与え、デザイン性も向上します。
これも、かなりの勇気を伴います。でも、良いデザインをしていくための、重要なポイントです。ぜひ挑戦してみてください。
左は、縦書き、横書き、写真を複雑にからめた例。横書きのみでレイアウトしても、ここまでのリズムは生まれない。
中央の丸い写真の輪郭にに縦書きの文章を沿わせた。この、「沿わせる」手法は、人物や動物などの「切り抜き写真」に応用すると、良い結果が得られる。
右は、小見出しの横書きに対して大見出しを縦書きにした例。やはり、独特のリズムが生じる。
この章も、終わりに近づきました。かなり長い章になってしまいました。
最後に、あまりお勧めできないこと、というより、やらないで欲しいことを挙げておきます。この章は、「たす」ことが目的でした。この「たす」を、勘違いすると、次のことが起こります。
4.11 文字修飾をやたらに使わない
デザイン初心者が陥りやすいことの上位を占めるもの、それが「文字修飾」です。文字修飾とは、文字をもう一重、あるいは二重に囲みをつける「袋文字」や、文字に影をつける「影文字」など、文字を飾りたてることをいいます。これは、「たす」行為といえます。
ひとつの紙面に、3か所も4か所も袋文字や影文字を使っているのを、本当によく見かけます。その用途が、たとえばスーパーの売り出しチラシや、ウェブページの商品や売り出しバナーなどのように、デザインよりも目立たせることを優先の仕事なら話はわかります。でも、結構固い内容のお知らせなどにも、これでもかというくらい使っている。目立たせたい一心で行うのでしょうが、これは大変良くないことです。
私は、文字修飾そのものを否定しているわけではない。ここに挙げた例は、Illust AC 登録:“のりのり”さん作のものだが、どれもかわいく、愛に溢れていて機会があれば使わせていただきたいと思う。
だた、用途を間違わないように、といいたい。
このタイトルが「PTA総会のお知らせ」や「緊急理事会招集のお知らせ」など、硬い内容の見出しに使ったらと想像して欲しい。明らかにそぐわない。でも、巷では平気でこのようなシチュエーションで使っている例が目立つ。そして、それがあまりに多いのだ。
4.11.1 ●文字修飾には中毒性がある
文字修飾の怖いところは、中毒性があること。つまり、使わずにいられなくなることです。これは、デフォルトの書体が信用できない、自分のデザインに自信が持てない心理状態からきています。
「文字を大きくする」「違う書体を使ってみる」「書体のウェイトを上げてみる」といった、本来のデザイン手法から遠ざかる逃げの行為です。勇気をもってやめてください。
4.11.2 ●素材の良さを引き出す
料理では、一流のシェフは、素材の活かしかたを良く知っています。同じことです。素材、つまりデフォルトの書体の良さを知ってください。書体デザイナーが精魂込めて作っています。寒くないのにどてらを着せないでください。紳士・淑女のフォーマルな集まりに、カジュアルな洋服で参加させないでください。
(picture4-6)
書体は、デザインされた文字の骨格に、さまざまなタイプの洋服や和服を着せたものです。デフォルトの状態で、じゅうぶん主義・主張をもっています。それを引き出す努力と感性を磨いてください。
あとがき
以上で、この章『タイポグラフィ7つのルール その❹ 強調・複合などを盛り込む「たす」要素』は終了します。この章では、デザインに欠くことのできない、大法則「メリハリ」の「張り(ハリ)」要素をお話ししてきました。この要素は、使いすぎると「うるさい」デザインになる恐れがあります。くれぐれも「適切」に。
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次章 “タイポグラフィ7つのルール その❺ 「ひく」ことは、すべてがマイナスではない” では、その反対の法則「減り(メリ)」についてお話ししていきます。ご期待ください。
メイクアップ(化粧)の理論も同じような「整える」事からはじまっているのでしょう⁉ 人間が美しいと感じる事は自然の理(振動・波)によってキリンやゼブラフィッシュなどの紋様が出来ている事からも推察できると思っております。 そしてそれは文字の世界でも同じで、整える事からはじまっていくと思います。 これからもよろしくお願いします。
MASAHIRO YAMANAKA さん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、「整える」ことはデザインの基本中の基本です。
そしてタイポグラフィはデザイン万般に通用する極めて重要なものだと思っています。
この特集は大変長編ですが、お付き合いいただければ幸いです。
こちらこそよろしくお願いいたします。
私の書き方が悪かったと思いますが…
基本的にベースラインで揃えられることと字送りピッチとは無関係です…
ともあれ、大き過ぎる仮名、あるいは小さく見える仮名などをベタ組みで使いたい際には、「中央から〜」が必須なのはご理解いただけると思います…これをすることによって「欧文ベースライン」の縛りから解放されますので…
大石さん、ありがとうございます。
まったく、言葉が足りていませんでした。追記、加筆修正しました。
大石さん、いつもありがとうございます。
早速、追記します。
合成フォントは基本的に欧文ベースラインを元に揃えられます
なので、仮名などの比率を変更し字送りピッチを維持したい場合は、
中心から拡大/縮小をチェックする必要があります