■各論編 ❶ ゴシックMB101
はじめに
第1部「デザインが100%うまくなるタイポグラフィ7つのルール」では、タイポグラフィをいかに効果的に展開していくかについて、かなりこと細かにお話ししてきました。
基礎的なことでは、これをしっかり実践していけば必ずデザインは良くなっていきます。なぜなら、デザインを良くするも悪くするも、70から80%は、タイポグラフィが握っているからです。
さて、第2部では、「書体の表情」についてお話ししていきたいと思います。
本当は、書体の性格や表情の特徴は、書体を制作したご本人にお話しいただくのが一番なのですが、当然そんなことはできる訳もありません。
したがって、私の「独断と偏見」に基づいて、私のお気に入りの書体を中心に取り上げていきます。見た目で容易に判断できる毛筆系の「勘亭流」「江戸文字」や「POP体」「デザイン書体」は除外しました。なので、間違ってもこの4種類は使いどころを間違えないように。(常識的に見て、これはないだろうという使いかたを相当目にしますので…)
内容は、①書体名・ウェイト名 ②販売フォントベンダ ③書体の作者または代表者 ④書体の表情 ⑤書体の用途 ⑥メーカー・開発者の書体説明 ⑦書体の組見本 ⑧書体の私見・感想
となっています。
「④書体の表情」は、書体が持つ表情を3種類の相対的なアイコンで表現します。また、たて組み・よこ組みの適性、それぞれの可読性について表示しています。
「⑤書体の用途」は、使用に向いている業種を、産業分類表に「●」(図では白ベタ)「〇」を入れていきます。
「⑥メーカー・開発者の説明」は、販売側からの説明・紹介です。
「⑦書体の組見本」は、2種類をひとまとめにしました。
1つ目は、漢字書法のすべて(永字八法)が入っている「永」とひらがなの「あ」をボディ(仮想ボディ)と字面枠に当てはめたものと、漢字・ひらがな・カタカナ・英文をデフォルト・詰め組みの状態で紹介します。
2つ目は、雑誌の1ページ風のテンプレートに当てはめ、大見出し・小見出し・本文たて組み・本文よこ組みをそれぞれ見てみます。
「⑧書体の私見・感想」は、文字通り私の「独断と偏見」を語っていきます。
それでは、始めましょうか。
書体の性格 もくじ |
1 書体の選びかたでデザインが劇的に変わる。書体の性格を知ろう ●書体選定に役立つ、書体の表情を知るための12+1のチェックポイント |
2 書体の表情 1 ●この書体を使えば失敗はほとんどない=ゴシックMB101 2 ●この書体を見ない日は、まずあり得ない=リュウミン 3 ●正統派なのにどこか素朴であたたかい=セザンヌ 4 ●おおらかさの中に風格が漂う=筑紫B見出ミン-E 5 ●どのウェイトのどの文字種もほぼ完璧=游ゴシック体 6 ●ワンポイントに独特の雰囲気を醸し出す=A1明朝 7 ●普遍的なしっかりとした力を持っている=AXIS 8 ●藤沢周平の小説を組むために作られたという=游明朝体 9 ●macOSやiOSに標準搭載されている=ヒラギノ角ゴ 10 ●現代的と伝統的の不思議なコラボ=ヒラギノ明朝 11 ●好き嫌いがはっきり分かれる=小塚ゴシック 12 ●作者の文字への情熱がほとばしる=小塚明朝 |
この書体を使えば失敗はほとんどない=ゴシックMB101
きょうから、タイポグラフィ新シリーズの各論編「書体の表情」に入っていきます。
いまのところ候補に挙げている書体は10書体くらい。初回の今回はモリサワの「ゴシックMB101」を取り上げます。
前回「総論編」の最後にもふれましたが、書体の表情は「伝統的」「中庸的」「現代的」に分類すれば、ある程度の姿、形、性格や表情がつかめるようになります。あとはそこから派生することなので、細かい説明はいらないと思います。
したがってこの稿は、仰々しい学問的なものではありません。シンプルな図版の多いビジュアル重視の構成。軽いタッチの読みものになっています。よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。
メーカー・開発者の説明
「ゴシックMB101」は、伝統的なゴシック体の流れを引き継ぐ、風格あるゴシック体です。しっかりとした骨格を備え、ハネやハライの先端まで力強さと流れを感じさせるエレメントは、親しみやすく信頼感があります。タイトルやコピーに向く太いウエイトは、肉声をイメージさせる骨太な表情で定評があり、細いウエイトは雑誌などの本文組みから中見出しといった幅広い用途に対応し、実力を発揮します。
「モリサワのフォント」より引用
書体の私見・感想
●デザインをしたかったのになぜか活版印刷へ
私が初めて就職したのは、千葉県船橋市の活版印刷所でした。今からちょうど半世紀も前の1967年のことです。
この当時の日本では、まだ活字を使った活版印刷が主流でしたが、同時に手動写植を取り入れる会社も増えていたようです。私の勤めた会社も、私が入社した翌年だったと記憶していますが、写植を導入しています。
そして、その部署の責任者に私が任命されました。責任者とっても私一人で、実質すべての責任を担うものでした。
●希望に満ちた写植の導入だったが…なんだこの明朝は!
会社はモリサワ写植機の導入を決め(私は写研を推したのですが…)、私は1か月間モリサワでの研修に臨むことになります。もともとデザインの仕事をしたかったので、写植の導入は私にとって希望にあふれたものになりました。
唯一、写研の文字を使えないわだかまりを抱えていましたが…。
そのわだかまりは、仕事をこなすごとに年々強くなっていきます。
明朝が貧弱で、デザインに使えないのです。いまでこそ「リュウミン」という素晴らしい書体がありますが、当時のモリサワの「細明朝体AC1(だったかな?)」「太ミンA101」「見出ミンMA31」は、いずれも写研の「石井明朝」とは似ても似つかない書体。本文にはこれしかないから使わざるをえないとしても、見出しにはとても使う気になりませんでした。
どうしても明朝体を使いたいときは、自分でレタリング(描き起こし)していました。そのほうが絶対きれいでした。
そんな悲惨な事情から、見出しなどは「ゴシックMB101」の前身(?)である「見出ゴB31」や「太ゴB101」など、ゴシック体を多用するようになっていきました。
●見出ゴB31、太ゴB101に活路を見いだす
写研の書体と比較すると明らかに見劣りする当時のモリサワの書体の中で、唯一評価できたのが、「見出ゴB31」、「太ゴB101」の2書体でした。(唯一ではないか…)
ですので、その血をひく(?)「ゴシックMB101」の各ウェイトは、今でも好印象を持っており、多用しています。クセの少ない、とても良い書体だと思っています。
現在、私がゴシック体で最も多く使うのは、フォントワークスの「セザンヌ」、字游工房の「游ゴシック体」です。写研の文字が使いたくても使えない現状で、「伝統的」書体の「石井ゴシック」に形状が似ている2書体に嗜好が向くのは当然といえば当然ですが、少し軟らかめなデザインをしたいとき、この2書体ではちょっとイメージが違うなという場面がでてきます。
かといって、「現代的」な書体、「小塚ゴシック」や「ヒラギノ」は使いたくない。そんなときに、いわば「中庸的」な雰囲気をもった、この「ゴシックMB101」は大変重宝します。この書体の良さは先にもいったクセのなさ、そして何より、どのウェイトも大変バランスが良いこと。多くの「現代的」書体に共通する、ウェイトが太くなるとバランスが崩れる現象がありません。これはすごいことなのです。
この書体を使えば失敗はほとんどないといっていいでしょう。
●旧態依然に縛られた「写研」、先見の明があった「モリサワ」
写研亡きあと(いやいや亡くなっていないけど…)、DTP 発展に先進的役割を果たしたモリサワ。モリサワがフォント市場の圧倒的シェアを誇るのは当然としても、この「ゴシックMB101」と「リュウミン」という、幅広いシチュエーションに使える「中庸的」2フォントファミリーを持っているのは、何といっても強いなと思います。
個性的といえる「伝統的」書体・「現代的」書体は、表現・主張できる場が意外と少ないですが、没個性的(悪い意味ではなく)「中庸的」書体はとても貴重な存在です。この書体の活躍の場は、これからも着実に増えていくと思います。
あとがき
今回はモリサワの「ゴシックMB101」の紹介でした。正確には、A-OTF ゴシックMB101 です。モリサワの書体にはなぜ、A-OTFと付いているのかは、こちらの終わりのほうでちょこっと触れています。よろしければご覧ください。
次回は、同じモリサワの書体「リュウミン」を紹介します。ゴシック体、明朝体を交互に取り上げていく予定です。
書体の性格 もくじ |
1 書体の選びかたでデザインが劇的に変わる。書体の性格を知ろう ●書体選定に役立つ、書体の表情を知るための12+1のチェックポイント |
2 書体の表情 1 ●この書体を使えば失敗はほとんどない=ゴシックMB101 2 ●この書体を見ない日は、まずあり得ない=リュウミン 3 ●正統派なのにどこか素朴であたたかい=セザンヌ 4 ●おおらかさの中に風格が漂う=筑紫B見出ミン-E 5 ●どのウェイトのどの文字種もほぼ完璧=游ゴシック体 6 ●ワンポイントに独特の雰囲気を醸し出す=A1明朝 7 ●普遍的なしっかりとした力を持っている=AXIS 8 ●藤沢周平の小説を組むために作られたという=游明朝体 9 ●macOSやiOSに標準搭載されている=ヒラギノ角ゴ 10 ●現代的と伝統的の不思議なコラボ=ヒラギノ明朝 11 ●好き嫌いがはっきり分かれる=小塚ゴシック 12 ●作者の文字への情熱がほとばしる=小塚明朝 |
小塚系のフォントって、欧文の字形によく現れてると思うんですが全体的にポップなデザインなんですよねぇ。
それも微妙に古臭いポップ感。
なので使い所が非常に狭いというか…
同じくAdobeの「りょう」シリーズの方がモダンで使いやすいと思います(漢字は仝だそうですが)。
コメントありがとうございます。
本当におっしゃる通りですね。小塚系は使いどころが難しい書体です。
ゴシックMB101って欠点がなさそうなんですが、ポスターサイズだとLでも細さが足りないんですよねぇ…
蚊といって、これに代わるウロコもきちんと残したゴシックがなかったり…
コメントありがとうございます。
確かにおっしゃる通りかも知れません。ゴシックMB101 は全体的に太めのようです。
ウロコがあって細いとなると、「小塚ゴシック」の EL か L ぐらいしかないですしね。そうすると印象がかなり違ってしまいます。
書体選定は本当に難儀ですね。