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私のデザイン変遷史 第11回 笑えない話 その2(写植編)

私のデザイン変遷史第11回

冷や汗ものの製版指示

製版とは、できあがった版下を指示に基づいてオフセット印刷用のフィルムに加工する部門をいう。多くは、この部門は別の独立した会社が営んでいた。製版カメラがとびっきり高価なうえ、熟練した技術者が必要で、内製化は資金に余裕がなければできなかった。

色指示は CMYK のパーセンテージで指定する。たとえば、オレンジだと、M60/Y100、グリーンだと C80/Y100 などという具合。モニターなどないから、頭の中で色のイメージを作り上げ、勘で指示するほかなかった。写真はプリントされた写真にトレペをかけて、1点1点トリミング指示をした。何10点もあるときは、この作業だけで忙殺された。(このトリミング作業はラフの段階でしなければならない)

版下以降の工程は、このように他人まかせ。予算がある場合は、色校正という特殊な校正方法で、印刷を再現したものが見れるのだが、見れたからといって気に入らないから気軽に修正などとはいかない。1箇所でも修正したら全部やり直しなのだ。これがアナログとデジタルの決定的な違いなのである。

しかし、多くは色校正の予算などなく、印刷するまで仕上がりがわからない。カラー印刷の場合は、まさに、毎回ドキドキもの。一種の賭けみたいなものだった。正直カラーものは、やりがいはあるものの大きらいだった。

だが、この時の経験が、現在のデジタルの仕事に活きている。パーセンテージの指示で、色は自由自在にだせる。その感覚が身についていたのである。カラーの仕事に苦手意識は微塵もない。

いまの人たちは、カラーピッカーからスポイトで拾うようだが、本当の色彩感覚は宿らないような気がする。それに、カラーピッカーで拾うと、ほとんど4色まんべんなく入ってしまう。つまり、シャープな色がでないのだ。パーセントでのシンプルな色指示をおすすめする(よけいなお世話か?)。

大変だった色指定

笑えない話2 写植編

写植は、活版に比べ革命的に便利なものだったが、その分、ミスも多様化し複雑化していった。写植ならではの笑えない失敗は、おそらく日本中の写植オペレーターがもれなく経験している。ここにいくつか紹介する。先人たちはこういう「仕打ち」を乗り越えて現在があるのだ。

この「失敗」の大きな原因を作ったのは、手動写植の最大の欠点、打ったものが現像するまで見えないことにある。

ケース1:印画紙を裏返しにセット

印画紙は、専用の紙に感光材を塗布したもの。この塗布面を「膜面」といった。セットする場所は当然ながら暗室だからわかりづらい。若干光沢があり手触りでつるつるしているのが膜面、わずかにざらついているのが裏面なのだが、ぼんやりしていると裏返しにセットしてしまうことがあった。

現像しても写っているはずがない。新聞などのように小さい字を打ったものは、数時間かかる。この数時間はいったい何? 誰にも当たれない悔しさは経験者でなければわからない。

ケース2:光源ランプが弱っている、汚れている、切れている

写らなかったり、写っても薄かったりする。さすがに切れていれば気がつくが、弱っていたり汚れている場合はわからないことが多かった。

ケース3:光源ランプの光が偏っている

これも気づきづらい。写るには映るが文字のどこか一方が薄くなる。手動写植では連続でシャッターを切ることにより罫線も打てたが、光が偏っていると、きれいにつながらなかった。

ケース4:光源ランプのボルト数の変え忘れ、戻し忘れ

級数が大きくなると通常のボルト数では写りが悪くなるので、ボルトを上げる必要があった。この事前・事後の操作を怠ると、大きな文字が薄かったり、戻し忘れで小さな文字が光量オーバーで潰れてしまったりした。

ケース5:文字盤フレーム固定が甘くなる

文字盤フレームを押さえ込む歯が、電磁石の強烈な力と振動でゆるんで完全に押さえ込むことができず、その結果、印字した文字がすべてぶれて写ってしまった。

ケース6:級数、文字送り、行送りの変え忘れ、戻し忘れ

主に文章を打っていて起きたミス。本文を打ったあと途中に見出しが入ると級数を上げ、文字送りや行送りを変えるが、そのままの状態で元に戻さずに、また本文に入ってしまうと悲惨なことになった。

ケース7:レンズにゴミが侵入する

レンズは、筒状の金属の中にセットされているが、上方は開いている。そこから綿ゴミなどがよく侵入した。レンズを覆ってしまうので、光が遮断され文字が写らないことがあった。

ケース8:シャッターが故障している

シャッター音がしなくなるので、大抵の場合は気づくが、たまに気づかず現像で愕然とすることがあった。

ケース9:マガジンのセット不良

マガジンが所定の位置に収まっていない状態で窓を開けてしまい、印画紙が感光して真っ黒になってしまうことが稀にあった。

ケース10:現像液と定着液を間違える

暗室内で、現像液と定着液の作り置きタンクの置き場所を逆にしてしまったことで、パレットが逆になってしまった。当然のことながら、現像はされない。

ケース11:現像不足、現像オーバー

現像は気温によって左右される。気温が低いと長めに、高いと短めに調節しなければならない。見た目に頼っていた際は、冬場に現像不足、夏場に現像オーバーをよくやらかした。のちに自動現像機を導入してこのミスはなくなった。

 
いずれにせよ、これらのミスのあとは、打ち直しという、重い仕打ちが控えているのであった。
それと、もうひとつ番外編。実は活字で組んだ場合よりずっと始末が悪かったのは、文章中の打ち漏らしや校正時に文字を足されることであった。

活字の場合は、行間にインテルとよばれる活字より背の低い薄い木製の板をかませてあるため、文字が追加になっても、次の段落まで活字を順次スライドさせていけばよかった。固定のため縛ってあるくくり糸をゆるめると活字は簡単に移動できた。これはたいした手間ではなかったが、活字がどうしても移動の際斜めになるので、正常な立位に戻すのには気をつかった。

ところが、写植の場合は、たとえば長い文章の中で3文字抜かして打ってしまった場合、あるいは足されてしまった場合、段落が終わるまで延々と切り張りして文字をずらさなくてはならなかった。1行1行やっていたら日が暮れるので、複数行を一気に動かす裏ワザがあるのだが、途中の句読点や約物の行頭禁則文字(締めのパーレンなど)が災いしてうまくできない場合もあった。

本当に、絶対にやりたくない修正であった。

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