■各論編 ❷ リュウミン
この書体を見ない日は、まずあり得ない=リュウミン
前回は、モリサワの「ゴシックMB101」を取り上げました。この書体のファンは多く、根強いものがあります。事実、何人かのかたから SNS を通じてメッセージをいただきました(有名ブログではないので、「何人か」ですが…)。
お気に入り書体のラインナップに加えていただけると嬉しいです(モリサワの回し者みたい…)。
今回は、同じモリサワの「リュウミン」を取り上げていきます。
メーカー・開発者の説明
「リュウミン」は、その名の元となった森川龍文堂明朝体をベースに開発した、スタンダードな明朝体です。金属活字に由来する彫刻刀の冴えを、左右のハライや点の形に活かしながらも、縦画・横画の先端やウロコにはやわらかさをもたせており、親しみやすい雰囲気になっています。特に、均整のとれた流れるような表情の美しさには定評があり、本文組みから見出しまでDTPの基本書体として幅広く使用されています。
「モリサワのフォント」より引用
書体の私見・感想
●正論か独善か「書体と組版は一体である」という写研の考えかた
今では、その名前をすっかり聞かなくなった「写研」。でも、写植全盛の時代は、書体(文字盤)のシェアは圧倒的優位に立っていました。「日本の印刷物の70%は写研の書体」といわれていたほどでした。それもそのはず、写研の石井書体の美しさは、デザインを志すもの、デザインを生業とするものの憧れの存在であり、私もその一人でした。
ところが「書体と組版は一体である」という考えのもと、写研は、DTP への流れを完全に拒否します。
80年代後半、DTP の潮流のイニシアティブをとったのは、業界2位、写研の後塵を常に排していたモリサワでした。
以後、モリサワはフォント業界の圧倒的シェアを誇るようになっていきます。
●写植を始めた1968年当時のモリサワの明朝はひどいものだった
私がモリサワの書体と触れ合うようになったのは、勤務していた印刷所が、写植機の導入を決めた1968年ころでした。当時のモリサワの明朝は「細明朝体AC1(だったかな?)」「太ミンA101」「見出ミンMA31」の3書体だったと記憶しています。
この書体は使えないな…。私の失望は大変大きいものでしたが、これしかなければこれを使うしかない、そんなストレスを常に抱えた状態で仕事をこなしていました。モリサワの営業には、会社にくるたびに「明朝をなんとかしてくれ」と叫び続けましたが、実は、この「叫び」は全国的なものだったようです。
でも、モリサワも必死だったんですね。私がうるさく叫んでいた1968年ころには「リュウミン」の開発を始めていました。
●モリサワが社運をかけた(?)リュウミンはすばらしい書体だった
「リュウミン」は、1902年に大阪で創業した「森川龍文堂」という金属活字鋳造会社が作った「新体明朝」を字母とした明朝。その4号サイズ(約14ポイント)のやや細身の美しい書体をもとに開発されたものです。
1971年、1977年の大規模な試作品のモニターを行ったあと、1982年にようやくLウェイトを発売の運びとなります。
この書体ができたころには、私は独立してすでに9年目に入ったところでした。モリサワの試作品のような中古の機械を二束三文で手に入れた関係(開業資金の問題)で、不本意ながら相変わらずモリサワとの付き合いを続けていたのです。でも「リュウミン」を初めて目にして、興奮したのを覚えています。
「美しい」
「石井明朝」にひけをとらないではないか、しかも、線が適度に整理されていて、未来性を感じさせる書体に仕上がっている。そう直観的に思いました。
その直感は当たっていきます。今や、「リュウミン」は明朝体のデファクト・スタンダードになっています。
モリサワの卓見は、ファミリーをいち早く作ったこと。1982年の文字盤発売の際に、すでに取り組んでおり4年後の1986年には R、M、B、H ウェイトを発売しています。そして、何よりデジタルを見据えたこと。
これがとても大きい功績だと思います。
●時代の趨勢、デジタル環境への移行は諸刃の剣なのかも知れない
ただ、「リュウミン」にも欠点があります。両仮名のバランスが Bウェイトあたりから崩れはじめ、EBウェイトから顕著になり、Uウェイトになると、漢字のバランスも崩れていきます。これは、もしかしたら EB/Uウェイトは手書きではなく、デジタル環境で作ったことに関係があるのかも知れません。書き手が変わったのかな…。
書体によって太さの基準が異なるのではっきり断定はできませんが、明朝体フォルムの美しさが機能するのは、「リュウミン」でいえば、せいぜいBウェイトまでではないかと思っています。ごく一部の書体を除いて、極太・超太ウェイトのフォルムは崩れていきます。時代の要請とはいえ、極太・超太の不格好な明朝を作らなくてはならなかったベンダー各社には、同情するしかありません。
そんなわけで、私は、「リュウミン-KL」の両仮名は、Mウェイトまでしか使いません。Mウェイト以上はオールドかなの「KO」との合成で使います。オールドかなは、明治初期に設立された日本の金属活字製造の草分け、築地活版製造所の築地体をもとにデザインされた大変美しい書体です。
私は、いまは本文も含めたほとんどの場面で「KO」との合成フォントとして使っています。
●あちらを立てればこちらが…縦組み・横組みともに可読性という難題が…
最後にもう一言。
長い文章を組むとき(縦組みの場合)は、「KL」より「KS」のほうが読みやすいです。長い文章に大きめのかなは合わないのです。「KL」は横組みを意識して作られたといって良いでしょう。これによって横組みは読みやすくはなりましたが、やはり長文には向きません。可読性まで向上したわけではないのです。
ちなみに「KL」は「かなラージ(大がな)」、「KS」は「かなスモール(小がな)」ということ。
「KS」のかなスモール、「KO」のオールドかなは、「リュウミンStd」としてそれぞれフルウェイトがセットとして販売されています。
あとがき
「リュウミン」の話をすると、モリサワの営業をされていた「I(アイ)」さん(本名はご迷惑がかかるといけないので…)を思い出します。印刷所勤務時代から独立後まで、一貫してサポートしていただきました。
穏やかで、おっとりした喋りかたの中にも書体に対する情熱を持った、素晴らしい紳士でした。お元気かなぁ。80歳近くになられていると思うけど…。ふとした折に、無性にお会いしたくなるお一人です。
リュウミンには、長い歳月の苦楽を共にした、いろいろな思い出が詰まっています。やはり明朝体の中では一番好きな書体です。
次回は、現在、一番使用頻度が高い、私の大のお気に入り書体、フォントワークスの「セザンヌ」をお送りします。
書体の性格 もくじ |
1 書体の選びかたでデザインが劇的に変わる。書体の性格を知ろう ●書体選定に役立つ、書体の表情を知るための12+1のチェックポイント |
2 書体の表情 1 ●この書体を使えば失敗はほとんどない=ゴシックMB101 2 ●この書体を見ない日は、まずあり得ない=リュウミン 3 ●正統派なのにどこか素朴であたたかい=セザンヌ 4 ●おおらかさの中に風格が漂う=筑紫B見出ミン-E 5 ●どのウェイトのどの文字種もほぼ完璧=游ゴシック体 6 ●ワンポイントに独特の雰囲気を醸し出す=A1明朝 7 ●普遍的なしっかりとした力を持っている=AXIS 8 ●藤沢周平の小説を組むために作られたという=游明朝体 9 ●macOSやiOSに標準搭載されている=ヒラギノ角ゴ 10 ●現代的と伝統的の不思議なコラボ=ヒラギノ明朝 11 ●好き嫌いがはっきり分かれる=小塚ゴシック 12 ●作者の文字への情熱がほとばしる=小塚明朝 |
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