書体の表情 3:正統派なのにどこか素朴であたたかい=セザンヌ

TYPOGRAPHY SERIES 2

書体の表情 3 正統派なのに、どこか素朴であたたかい=セザンヌ

書体の性格■各論編 ❸ セザンヌ

正統派なのに、どこか素朴であたたかい=セザンヌ

前回は、モリサワの「リュウミン」を紹介しました。この書体の普及率はすさまじいものがあります。私もデザインをするときあまり深く考えずにリュウミンのお世話になります。取りあえずリュウミンを使えば間違いない、そう感じさせる強さを持ったすごい書体です。

さて、今回はフォントワークスの「セザンヌ」を取り上げます。いろいろ試行錯誤の結果、ゴシックではこの書体の使用頻度が私の中では一番高くなっています。お気に入り書体のひとつです。

●書体名・ウェイト名:セザンヌ M, DB, B, EB ●販売フォントベンダ:フォントワークスアイコンの見かた

メーカー・開発者の説明

起筆部にアクセント(セリフ)を持ったゴシック体です。
直線的な中にも《やや曲線的な暖かいイメージ》を持たせたデザインの書体です。
「漢字」「かな」ともに文字本来の字形を優先させ、文字に対する瞬間的な認識力を高めています。
都内駅構内の案内表示などにも広く使用されています。

フォントワークス書体見本」より引用

セザンヌ組み見本

書体の私見・感想

●完全に食わず嫌いだった、フォントワークスの書体

近年、目覚ましい健闘を見せているフォントワークス。圧倒的シェアをモリサワに奪われているとはいえ、扱っている書体の質は非常に高いといって良いでしょう。その中にあって、あまり話題にも上らず目立たない書体に「セザンヌ」があります。

私が「セザンヌ」を使い始めたのはごく最近のこと。実は、この「セザンヌ」をはじめ「ロダン」「マティス」「グレコ」といった、画家や彫刻家の名前を冠した名称に、あまり良い印象をもっていませんでした。デザイン書体だとばかり思い込んでいたのです。いわば「食わず嫌い」でした。

そんなわけで、これらがいずれも正統派のゴシック体や明朝体、楷書体であることに最近になって気づいた次第です。お恥ずかしい…。でも、ひょっとしたら、この名称で損をしていないかなと老婆心ながら心配になります。正統派には正統派らしい名前を付けたほうがいいのにと思います。こんな風に感じているのは私だけかなぁ…。

●かなりオールマイティに使える、優れた書体

文字形状は写研の「石井ゴシック」に似ています。漢字、かなともバランスが崩れている文字はたくさんありますが、それが逆に親しみやすい印象を与えてくれるし、組んだときのバランスが良いので、比較的広範囲な用途に耐えられる書体だと思います。

ボディに対して字面がかなり小さく、十分過ぎるサイドベアリングが、心地よい雰囲気を醸し出します。ベタで良し、1歯詰めで良し、メトリクス(自動)で詰めても良しとオールマイティなのは、形状がしっかりしている証だと思います。

●残念! デジタルフォントにほぼ共通な太いウェイトの字形崩れ

現在 M、DB、B、EB の4ウェイトがありますが、もったいないなと思うのは、B、EBウェイトになると、両かなはともかく、漢字の形状が崩れてくることです。したがって、私は M、DB の2ウェイトしか使いません。好きな書体だけに残念でなりません。

また、従属(組み込み)欧文・数字が「ちょっとなぁ」という気がします。特に数字の横幅が広すぎます。これはどの書体にもいえることです。キーボードから入力する「半角数字」は従属欧文用の数字なので、和文に合う「等幅半角(二分)数字」は表示できない(文字コードが違う)ために起こる現象です。まぁ、横幅が広くてあたりまえ。「半角数字」といいながら実は「半角」ではないのですから…。

和文に組み込まれた従属欧文・数字は、一般的な欧文専用書体と比べると、明らかにできは良くないといえます。もちろんすべての書体のことをいっている訳ではありませんが。

なので、異体字変換機能のある Illustrator などのアプリケーションで「字形パレット」を使って異体字変換しないと、いわゆる「半角数字(等幅半角数字)」になりません。これはどうにもならないことです。その意味では、けっして書体のせいではないのです。(InDesign ではキーボードショートカットのカスタマイズで、入力できるようです)

●様変わりのニューセザンヌは横組み対応の現代的書体に

さて、後継の書体として「ニューセザンヌ」がありますが、こちらは、字面枠(字面)が、一般的な書体並みに大きくなりました。また、漢字に対してのかなサイズの割合が「セザンヌ」より大きくなり、完全な「大がな」書体になっています。

けっして悪いできではありませんが、私はあまり使いません。本文組みにはかなが大きすぎて不向きなき気がします。モリサワの「ゴシックMB101」に雰囲気が似ちゃったかな。「セザンヌ」と比べると、明らかに可読性が落ちます。大きいから目立つ、あるいは読みやすいとは限らないのです。

あとがき

従属欧文・数字のことを取り上げたので、タイプデザイナーとして、補足しておきます。

私が書体をデザインするとき、洋数字は4種類作ります。すなわち、①従属欧文用の「半角数字」、②「等幅二分数字」、③「等幅三分数字」、④「等幅四分数字」です(上付き・下付き・丸数字・四角数字・角丸四角数字・括弧付き数字・分数などを除く純粋な数字のみ)。これらは、書体のコンセプトは守りますが、それぞれ異なる字形をしています。

これらの数字は、異なる文字コードに配列されるため、キーボードで入力できるのは、「全角数字」と従属欧文用の「半角数字」のみになります。全角数字は2種類。①従属欧文用の「半角数字」をボディの中心に配置したもの、②「等幅二分数字」をボディの中心に配置したもの、です。このうちキーボードで入力できるのは①のみです。

このように、数字といっても、実はたくさんの種類をタイプデザイナーは作っています。ご参考までに。

さて、次回は、単独ウェイトの書体「筑紫B見出ミン-E」をお送りします。この書体も私の大のお気に入り書体です。

書体の性格
もくじ
1 書体の選びかたでデザインが劇的に変わる。書体の性格を知ろう
  ●書体選定に役立つ、書体の表情を知るための12+1のチェックポイント
2 書体の表情
  1 ●この書体を使えば失敗はほとんどない=ゴシックMB101
  2 ●この書体を見ない日は、まずあり得ない=リュウミン
  3 ●正統派なのにどこか素朴であたたかい=セザンヌ
  4 ●おおらかさの中に風格が漂う=筑紫B見出ミン-E
  5 ●どのウェイトのどの文字種もほぼ完璧=游ゴシック体
  6 ●ワンポイントに独特の雰囲気を醸し出す=A1明朝
  7 ●普遍的なしっかりとした力を持っている=AXIS
  8 ●藤沢周平の小説を組むために作られたという=游明朝体
  9 ●macOSやiOSに標準搭載されている=ヒラギノ角ゴ
  10 ●現代的と伝統的の不思議なコラボ=ヒラギノ明朝
  11 ●好き嫌いがはっきり分かれる=小塚ゴシック
  12 ●作者の文字への情熱がほとばしる=小塚明朝

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