MOJI ESSAY

平成最後のフォント

激動といっていい30年間

30年と4か月にわたった「平成」がまもなく終わり、午前0時をもって元号が「令和」に代わる。

1989年(昭和64)1月7日、竹下登内閣で官房長官を務めていた小渕恵三が、記者会見室で「新しい元号は『へいせい』であります」と会見した。墨文字で「平成」と書かれた色紙を収めた白木の額を掲げて発表した姿が何か新鮮で、昨日のように思い出される。

骨格はしっかりしているが、ずいぶん細い文字だな、もしかしてフォントか? いやこんなフォントはないな…などと思いを巡らせながら会見を注視していた。あとで知ったが、これは書道家の総理府職員が、発表20分前に書いたものらしい。きっとバタバタの中で太い筆が見当たらなかったのかもしれない。色紙を掲げるのは小渕のアイデアだったという。

1989年(平成元)1月8日に始まった平成は、きょう4月30日で幕を閉じる。戦争のない、その意味で平和な時代だったが、たび重なる大規模な災害に苦しめられた30年間でもあった。

また、経済に目を転じると、1986年(昭和61)12月から1991年(平成3)2月までの51か月間にもおよぶ、いわゆる「バブル景気」が終焉し、長期不況に陥る原因となった1991年(平成3)3月から1993年(平成5)10月までの景気後退、いわゆる「バブル崩壊」が起きたのも「平成」であった。

まさに、天国から地獄へという様相だった。この不況が、大多数の国民の生活を直撃した。ご多分にもれず、私も被害をこうむった一人である。

フォントの世界へ

2001年(平成13)、長年の夢だったフォントの世界に身を投じた。随分と長い道のりだった。その経緯については別の文字随想記事に書いているので、ここでは触れないが、REN FONT ブランドとして「和音」をはじめ、「勢蓮明朝」「勢蓮呉竹」「奔行」そして「松葉」を発表・販売させていただいている。

諸事情から、なかなか順調に新作をリリースできないでいるが、なんとかフォントベンダとして末席を汚している。

平成最後のフォント

1月の終わりのことだった。数々の楽しく優れたフォントを発表しており、かねがね私も注目をしていた「フロップデザイン」の加藤さんから、twitter の DM をいただいた。「平成最後のフォント」を作るので、参加をしないかとのことだった。

この企画はすでに SNS で知っており、楽しそうだな、いい企画だなと思いつつも積極的に参加しようとは思わなかった。しかし、発起人じきじきのお誘いである。断る理由はなかった。これは、プロ・アマを問わずフォントに興味のある有志を募って一文字ずつ制作してもらい、フォントに仕上げるというものである。

私は漢字の「世」を仰せつかった。制作期間は十分にあったが、アイデアがさっぱり出てこない。
フォントデザインにはそれなりの経験があるが、何千字という膨大な文字をデザインするのとはまったく異質のプレッシャーがかかった。たった一文字なのに、である。

悶絶(?)の日々が続いた(??)が、どこかで踏ん切りをつけなくてはならない。2月に入った。私の67回目の誕生日が近づいていた。そして誕生日当日。ここで何とかしようと思った。でもアイデアが出ない…。ええい、ままよ! とばかりに筆ペンで書きなぐった。できた! これでいい! 時間にしてわずか5秒であった。何日も悩んだのは何だったのか…。

筆字には、独特のかすれがある。このままスキャンしパスに変換するとアンカーポイントが半端ない数になる。フォントにするにはあまりよろしくない状態である。そこで、最低限のアンカーにする作業をした。形を崩さずに気を遣いながらの作業なので、これが結構な手間なのであった。

加藤さんにデータを送った。3番のりだという。予想外の少なさだった。あぁ、きっと私と同じ思いの人が多いんだなと思った。

もうすぐ(午後9時)発表

平成の「大晦日」がとうとうきた。加藤さんからはすでにフォントができ上ったと連絡をうけていた。300人が参加し、316文字のフォントが完成した。とても良い仕上がりだと思う。300人の個性がいきいきと表現されている。

フォントデータにするには、文字サイズのバランス、上下左右の寄り引きの微調整など、細かい作業が不可欠である。一人で制作する場合は、それを念頭に置きながら作るのでさほどの大変さはないが、何せ、300人全員が言葉は悪いが好き勝手に作った文字なのである。相当に大変だったと思う。

加藤さん、そして奥さまに最大限の敬意を表したい。

今夜9時にいよいよ「平成最後のフォント」が加藤さんから twitter で発表される。無料でダウンロードできる。
発表されしだい、画像にダウンロードページのリンクを張らせていただく。インストール方法や使用許諾、使いみちなど、わかりやすく書かれている。ぜひ訪れてほしい。

そして、楽しく使っていただければありがたい(加藤さんになりかわって…)。
(「平成最後のフォント」画像は、フロップデザインさんに掲載の許可をいただいています)

2019年(平成31)4月30日:平成最後の日に記す

フォントを売るということ文字を売るということ前のページ

ようこそ「令和」次のページ

関連記事

  1. もうひとつのかな文字

    MOJI ESSAY

    もうひとつのかな文字

    歴史の舵取りをした漢字の伝来漢字が我が国に伝来したのは、紀元3…

  2. 第15回 一転、地獄に ーバブル崩壊への対策に忙殺ー
  3. 無いものねだり

    MOJI ESSAY

    無いものねだり

    活版が主流の時代に就職もう、半世紀も前のことである。(2017…

  4. MOJI ESSAY

    私のデザイン変遷史 第3回 中学生期 ーガリ版からタイポグラフィへー

    第3回2. 入りたい部活がない!「ガリ版」との出会…

  5. 私のデザイン変遷史 第18回 総合書体「和音」への挑戦

    MOJI ESSAY

    私のデザイン変遷史 第18回 総合書体「和音」への挑戦

    第18回(最終回)かな書体から総合書体へシフト勢蓮…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


NEWS

2025.5.27フォントワークスLETSに提供中のREN FONT全書体に「奔行2かな-L」追加!

LETSに提供中のREN FONT全書体に「奔行2かな-L」追加!

5月27日㈫、Monotype株式会社が運営するフォントワークスLETSで、すでに提供を開始したREN FONT82書体に「奔行2かな-L」が加わりました。
WebフォントサイトFONTPLUSでは、和音Pro9書体を好評提供中。どうぞ、ご利用ください。



おすすめ記事

  1. 私のデザイン変遷史 第18回 総合書体「和音」への挑戦
  2. 私のデザイン変遷史 第17回 さぁ、フォントを作ろう!
  3. 私のデザイン変遷史 第16回 遅すぎたMacとの出会い
  4. 第15回 一転、地獄に ーバブル崩壊への対策に忙殺ー
  5. 第14回 砂上の楼閣 ー面白いように稼げた時代ー

最近の記事

  1. 私のデザイン変遷史 第18回 総合書体「和音」への挑戦
  2. 私のデザイン変遷史 第17回 さぁ、フォントを作ろう!
  3. 私のデザイン変遷史 第16回 遅すぎたMacとの出会い
  4. 私のデザイン変遷史 第15回 一転、地獄に ーバブル崩壊への…
  5. 私のデザイン変遷史 第14回 砂上の楼閣 ー面白いように稼げ…
  1. タイポグラフィ7つのルール その❻-5 和文組版美しさの原点・縦組みで起きるさまざまなこと

    TYPOGRAPHY RULES

    タイポグラフィ7つのルール その❻-5 和文組版美しさの原点・縦組みで起きるさま…
  2. タイポグラフィ7つのルール その❺ 「ひく」ことは、すべてがマイナスではない

    TYPOGRAPHY RULES

    タイポグラフィ7つのルール その❺ 「ひく」ことは、すべてがマイナスではない
  3. 私のデザイン変遷史 第18回 総合書体「和音」への挑戦

    MOJI ESSAY

    私のデザイン変遷史 第18回 総合書体「和音」への挑戦
  4. MOJI ESSAY

    私のデザイン変遷史 第7回 笑えない話 その1(活版編)
  5. MOJI ESSAY

    私のデザイン変遷史 第11回 笑えない話 その2(写植編)
PAGE TOP
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。